育休ですべての仕事をいったんゼロに
入社の際に立てた目標は、自分の行動の結果が「売り上げ=数字」として出るプロセスを体験すること。期限は、事業会社で成果を出すのにはかかる時間を考えて5年とした。明確な目標と期限設定が功を奏したのか、4年目には新番組のプロデュースを担当して大成功を収める。
「この時期を通して、自分で決めた事業を自分でコントロールする面白さを知りました。でも大企業の子会社だったので裁量範囲には限界があって……。最終的な決定権は親会社にあるんですよね。最終決定の場にも意見を届けたい、そのためにはもっと上層部にリーチできる力をつけなきゃと思いました」
そこで田中さんは、再び経営コンサルタントとしてA.T.カーニーに“出戻り”。顧客の経営トップたちに刺激を受けながら、マネージャーとしてプロジェクトを成功に導いていくスキルも磨いた。
そして3年後、クラウドワークスに転職して執行役員に就任。会社と事業を成長させたいという目標のもと、中長期の成長ストーリーの策定やIR、広報、渉外、CEO特命プロジェクトなどに取り組み始めた。
「これまでの職と違い、クラウドワークスは自分自身の会社であり事業だという意識がありました。創業2年ちょっとの会社に20番目の社員として入ったため、“自分ごと感”がとても強かったですね。今も、クラウドワークス以前と以降では自分自身の働くモードが違うと感じています」
これまでのキャリアを振り返れば、ここからまた新たな躍進が始まるところだ。しかし入社から2年後、会社が急拡大で激しく変化していたさなか、田中さんはすべての業務をメンバーに引き継いで育休に入った。
「いったん全部をゼロにしちゃった」と笑うが、急成長のさなかに休めば会社の変化についていけなくなる可能性は高い。以前の業務も復帰後にはなくなっているかもしれない。不安もあっただろうが「その変化がベンチャーの面白いところでもあるから」と、気持ちは前向きだった。
ところが、復帰後には思いがけない試練が待っていた。会社では急拡大に伴って人材育成や組織改革が進んでおり、ES調査(社員満足度調査)も開始。その初回、田中さんがマネジメントするチームは全社で最下位クラスの結果に終わったのだ。