チームマネジメントの失敗を乗り越えて

「私が前職で身につけたマネジメントスタイルは、自分が決めたことに沿って部下を動かすやり方でした。でも会社が管理職に期待していたのは、社員一人ひとりが自ら動けるよう育成すること。これが私にとってはすごく難しかったんです」

田中さんが得意としていたのは、リーダーが立てた戦略をチームで達成していく「プロジェクトマネジメント」。メンバー一人ひとりの違いを生かしながら生産性を高めていく「チームマネジメント」はまた別物だということに、この時初めて気づかされたという。

自ら動くことを重視するあまり、マネジメントに徹するという発想がなかった──。今ではこう反省しているそうだが、当時はチームをまとめられない自分に落ち込み、マネジメントに対する自信も完全に喪失。育休復帰後の2年間はモチベーションも最低の日々が続いた。

このつらさを乗り越えるきっかけになったのが、思いがけない異動。会社は連結決算のプロセスを可視化する必要に迫られており、田中さんはその担当者の一人として指名されたのだった。決算はもちろん経理業務も未経験だったが、コンサル時代に得た「どんな難題も必ず解ける」という信条が支えになった。

「それまでとは違うミッションを与えられたことがよかったみたいです。結果的に達成できたので、自分はこうしたプロジェクトマネジメントのほうが役に立てるんじゃないかと思うようになりました。チームマネジメントは私より得意な人がいるはずだから、自分は自分にしかできないことで組織に貢献したいと」

ミッション達成を通して自信とモチベーションを取り戻し、翌年には取締役に昇格。成長戦略や経営判断が話し合われる取締役会の運営を任され、今何を決定すべきか、どんな観点を持つべきかといったことを、経営陣に提案する立場に立った。会社の意思決定に直接関われるようになり、会社の未来についてより深く考えるようになったという。

「私は自分にしかできないこと、自分なりの解を見つけられる仕事がしたくて、ずっと次のミッションを探し続けてきました。今があるのは、それがいつもいいタイミングでやってきてくれたからだと思います。次のミッションは、この会社を継続的に成長できる組織にしていくこと。いつか私がいなくなっても、成長に役立つ仕組みやマインドは残せるようにと心がけています」

役員の素顔に迫るQ&A
エルメスのスカーフ
撮影=小林久井

Q 好きな言葉
縁あることがまこと
「どちらの道を選ぶか悩んだ時、選んだほうが縁がある、つまり運命と信じてベストを尽くすことが大事。そんな意味で捉えています」

Q 愛読書
それから』夏目漱石

Q 趣味
子ども(3歳)の観察、日本の連続ドラマ鑑賞

Q Favorite item
エルメスのスカーフ
「ジュピターショップチャンネル勤務時にお世話になったスタイリストさんからいただいたもの。今も大事に使っています」

文=辻村洋子

田中 優子(たなか・ゆうこ)
法政大学 名誉教授

1952年神奈川県横浜市生まれ。法政大学社会学部教授、社会学部長、法政大学総長などを歴任。専門は日本近世文学、江戸文化、アジア比較文化。2005年紫綬褒章受章。著書に『江戸の想像力』(ちくま学芸文庫/芸術選奨文部大臣新人賞受賞)、『江戸百夢 近世図像学の楽しみ』(ちくま文庫/芸術選奨文部科学大臣賞、サントリー学芸賞受賞)など多数。近著に『日本問答』『江戸問答』(岩波新書/松岡正剛との対談)など。