「無理せず仕事も家庭も」が理想

東北出身で東京の難関私立大学を卒業後、メーカーに総合職として入社した佐野さんとの出会いは、2005年にまで遡る。当時、31歳で半年ほど前に結婚したばかりの彼女に、仕事と家庭の両立などこれからの人生をどう歩んでいきたいと考えているのか、インタビューしたのだ。

「今、『負け犬』か、『勝ち組』か、なんて、世の中で話題になっていますけれど、女の人生を勝ち負けに分けるなんて、ばかげていると思いませんか? 女性が結婚か仕事かの二択に迫られていた時代に逆戻りしたみたいじゃないですか。奥田さんとかの世代。あっ、いえ、すみません」
「全然、構いませんよ。気にしないで、率直な意見を話してくださいね。じゃあ、仕事も家庭も両方をこなしていきたい、と考えているのですか?」
「ええ、もちろんです。会社の両立支援策だって整いつつあるし、利用できる制度は社員の権利として使えばいいと思います。それに、夫も子どもができたら育児協力してくれると言ってくれていますし。別に目尻をつり上げて仕事も家庭も、と意気込む必要はないと思うんです。まあ、実際にそういう女性の先輩がいるから、そうはなりたくないなあ、って。私たち団塊の子ども世代は、受験も就職も競争相手が多くて厳しかったから、高望みしない、欲張らないくせがついてしまっているのかもしれません。仕事は続けるけれど、男の人と同じような働き方だと家庭と両立させていくのは難しいから、出世していくキャリアコースではなくて、肩の力を抜いて無理なく働いていくのがいいですね」

ブームに惑わされず、両立していく

佐野さんは歯に衣着せぬ物言いで、自然体で明るく、率直な考えを述べてくれた。当時の取材ノートには、発言や表情などの記述のほかに、「気負いなく、いい」「これからの女性はしなやかで、強く!」などと、彼女の言動に対する私自身の思いが何か所か記されていた。自分よりも10歳近く年下の佐野さんのような女性が、新たな時代の女性のライフスタイルを実現してみせてくれるのではないか。期待のような感情を抱いたことを、昨日のことのように思い出す。

ちなみに、彼女の語りに登場した「負け犬」とは、2003年初版の書籍『負け犬の遠吠え』(酒井順子著)で描かれた、30歳代以上の未婚で子どものいない女性のことで、論争とともにブームを巻き起こした。「負け犬」のカウンターパートである、結婚していて子どものいる「勝ち組」(同著では「勝ち犬」と称されたが、論争・ブームでは多くで「勝ち組」が使われた)は、センセーショナルなメディア報道も相まって、経済的にゆとりある生活を送る専業主婦へと拡大解釈、誤読されて広がった。そして、女性の社会進出に逆行するかのように、専業主婦を志向する女性がじわじわと増えていることを当時、私は取材を通して実感していた。

このようなブームに惑わされることなく、佐野さんは仕事と家庭を両立させ、そして出産、子育てを経験していくのだ。