「生気を失った」夫に絶望する妻

「結婚、出産後も仕事を辞めず、子育て、家事と両立させながら、管理職にまでなって……社会から求められている女性を目指して、これまで一生懸命に頑張り、欲しいものはすべて手に入れたつもりだったのに……実際には違ったんですね。課長になってからというもの、夫とは全く会話がありません。以前はあんなに前向きで仕事もデキて、生き生きとしていた夫だったのに、今ではすっかり変わって生気を失ってしまって……もう夫には絶望しました」

2017年、神奈川県の閑静な住宅街にある自宅で、当時43歳の佐野(さの)敦子さん(仮名)は苦渋の表情で思いの丈をぶつけ、嗚咽おえつした。長年の取材で、彼女がここまで激しい感情を露にしたのは初めてだった。

この数年前から、もしかすると関係が思わしくないのかもしれないと感じるようになり、本人が自発的に語ってくれるのを待っていた状況ではあった。だがここまで深刻化し、苦悩しているとは思いもよらなかった。

そんな両親の不和を察したのか、小学生の子どもたち2人は、食事以外では自室にこもった切りで、話しかけても必要最低限の短い言葉しか返ってこないのだという。

女性活躍の模範的なライフスタイルだったのに

佐野さんは、時代の潮流でもある「女性活躍」の模範ともいえるライフスタイルを実現した女性だ。

2013年に第2次安倍内閣が成長戦略のひとつに「女性が輝く日本」を掲げ、2016年には、従業員300人以上の企業など雇用主に女性管理職の数値目標などを盛り込んだ行動計画の策定と公表を義務づけた女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)が施行された(300人未満の雇用主は努力義務)。こうした流れを背景に、企業などの女性登用の動きは一気に加速している。行動計画は管理職登用に限定したものではないが、メディアを介して社会に浸透していく過程において、女性の管理職比率を増やすことが「女性活躍」政策であるとミスリードされていった面も否めない。その結果、「子育てと両立させながら働いて、さらに管理職に就く」という女性の生き方の規範を押しつけることにもなってしまったのである。

このような生き方の規範については、プレッシャーを感じたり、抵抗感を抱いたりする女性が少なくない。そんななか、佐野さんは自ら進んで「女性活躍」のライフスタイルを実現したのだ。

彼女は実は、もとから上昇志向が強かったわけではない。