たっぷり道楽して老いの底力を見せつけてやりたい

子供が教育を受けたり、何かあったときに帰ってこられる家を残してやることは親として必要だろうが、余分なものは残さないで老後に全部使い切ってしまったほうがいい。息が上がる瞬間の最後の医者代で自分の財産を使い果たせれば最高だ。しかし、使い果たした後に10年も生きなければならないとしたら、これまた大変だ。だからやっぱり年金は必要なのである。まあ年金だけでは生きていくのに足らなくなったとしても、どこかに庵を結んで、世捨て人になってしまえばなんとかなるだろうと、そんな人生観をもっている。

最後にご同輩には遊んで暮らしましょうと言いたい。仕事が一番楽しいなら仕事でもいい。私のように仕事と道楽が完全に一致する場合には、仕事を取り上げられたら何も残らない。

もしそうでないのなら、会社をようやくリタイアして、「別段働かなくてもいい」と思ったら、道楽に走ってもらいたい。それが文化を支えるのである。

江戸時代がまさにそうだった。年寄りが仕事にしがみつかないでどんどん隠居して、自分が好きなことをやった結果、素晴らしい江戸文化が開花した。江戸時代に隆盛を極めた文化とは老人の文化なのである。

妙な使命感などもたずに楽しむのが一番いい結果に結びつく。伊能忠敬がその典型だ。店の身代を全部譲り渡したものの、あまりに商売一辺倒だったから道楽がない。商売で覚えた算術と算盤が道楽といえば道楽だということで、それを突きつめて、とうとう「大日本沿海輿地全図」という、現代の衛星写真とほぼ重なる、信じられないほど精度の高い日本地図を完成させた。

伊能忠敬が30歳のときに算術を修めて、それができたかといえばできなかったに違いない。第二の人生だからこそできた。年寄りだからゆっくりと自分のペースでやる。そして長年の知恵と経験が、精緻な測量を可能にしたのだ。

たっぷり道楽して、老いの底力を見せつけてやりたいものである。(談)

(撮影/若杉憲司 構成/小川 剛)