ゆくゆくは、日本と同じ給料を払いたい

軌道に乗って、注文が増えたら、現地で職人を育てなければならない。海外で職人養成をやるなら新興国ではなく、先進国だと思っていた。しっかりとした人材にしっかりとした給料を払い、しっかりとした製品をつくって、しっかりとした価格で買っていただく。これが商売の原則だからだ。新興国で生産すると、買い叩かれる。

メキシコはGDPが世界15位前後、人口は1億数千万人。日本とほぼ同じ人口で、首都メキシコシティーは約2000万人都市で、もはや先進国の首都とそん色ない。新興国と先進国の特徴をあわせ持っていた。

メキシコでの職人育成に不安がないといえばウソになるが、安心して働ける環境を与えれば、メキシコの人たちも絶対についてきてくれる、そう信じている。どこの国の人間も、求めているものは安心と安定のはずだ。現地で面接したが、メキシコの人たちは、自分のことをアピールするのがうまい。「こんなこともやりました」「あれもできました」と自慢するけれど、実際には全然できないことがほとんどだった。だから、すぐに転職せざるをえなくなるのだろう。

ウチに来たら、自分を大きく見せるウソなんて、つかなくていい。20年、30年とモノづくりを一緒に楽しんでもらいたい。そして、いずれはメキシコの賃金相場ではなく、日本と同じ給料で処遇したいと考えている。同一労働・同一賃金が私の基本的な考えだからだ。現に、熊本工場も大阪の本社工場も、同じ給与ベースだ。もちろん、バネの味見はメキシコでもやる。現地の社長にやらせるつもりだ。社員一人ひとりを見守り続ける、ウチのやり方をメキシコでも成功させてみせる。

経営者には「無心になれる時間」が必要

世の経営者は、脳を休める間もなく、考え続けていると思う。私もそうだ。寝ているときも考えているのか、自分の寝言で目が覚めることが多い。決まって、同じ社員の名前を大声で呼ぶ。経営者が、睡眠不足やうつ病になることが多いのもうなずける。

経営者には、10分、いや、5分でもいいから、無心になれる時間が必要だ。脳をリセットしないと、次の新しい考えが生まれてこないからだ。私にとっては、趣味のヨットが無心になれる唯一の時間だ。最高に気持ちいいが、一歩間違えば、危険な目にも合う。「今どう動くべきか」に集中するので、そのときばかりは、頭から仕事のことが消える。趣味と上手に付き合うのも、長く経営者を続けるコツなのかもしれない。

(構成=荒川 龍 撮影=橋本正樹)