私、休ませてもらってもいいですか?

リーマンショックの後、仕事が減って、手が余った。私は悩みに抜いた結果、社員を集めた。「休める人は休んでもらえないだろうか」と、恥を忍んで頭を下げた。すると、子育てが終わるなどして、比較的生活に余裕のある社員たちが「孫が春休みで、(実家に)帰ってくるから、私、4月まで1カ月ほど休ませてもらいますわ」と、自ら休んでくれた。若い社員たちの給料が減らないよう、気を利かせてくれたのだ。

社員に迷惑をかけた経営者が言えることではないが、自分は幸せ者だと感じた。ただただ、ありがたかった。悩んで、頭を下げるまでの時間は苦しかったが、そのあと、うれしいことが降ってきた。もちろん、このときの恩は忘れない。

ヒントは、北新地の割烹にあった

ピンチを救ってくれた若手社員たちの成長を確かめる手段はないか、と考えるようになった。かといって、私が毎日製造現場を見ることはできない。そんなとき、思わぬ出会いがあった。

大阪の北新地に「かが万」という、有名料理屋がある。懐石料理が本業だが、おでん屋や天ぷら屋、鍋屋さんも持っている。そこの会長さんが毎日、すべての店舗に味見に行くという話を耳にした。後日、会長さんが味見をしている姿を拝見する機会に恵まれた。

会長さんは、わずかしか食べなかったが、一言残していく。料理の味だけでなく、店にかかっている額装の絵を見て、「これは春のものだから季節が違っているよ」などとアドバイスしていた。それを目の当たりにしたとき、「私も味見をすればいいんだ」とひらめいた。

「製造業にとっての味見」とは何か、考えあぐねた。バネを精密に検査するわけにもいかないので、完成品がきれいか汚いか、見栄えだけで判断してみることにした。大阪の本社工場と熊本工場で製造した全ロットの抜き取りサンプルを、それを作った社員番号とともに毎日社長室に届けさせた。性能や寸法の検査ではなく、あくまでも「美しいか、美しくないか」だけで、点数をつけた。

点数をあえて厳しくした理由

実を言うと、当初はバネを見ても違いがわからなかった。しかし、何とか私なりのコメントと点数をつけた。製造現場の社員たちは、堅苦しいものを嫌うから、コメントも点数もなぐり書きにした。それがちょうどよい距離感だったのか、彼らは「チェックされている」というより「きちんと見てくれている」と好意的に受け止めてくれた。「点数が低すぎる」と憤慨した者もいたが。

それもそのはずで、私の点は厳しかった。あくまでも、思ったままの点をつけたからだ。一方では、問題のない商品に社長が辛口の点をつけているとお客様が知れば、安心してくださると思った。実際に、ある取引先は「図面にも書かれていないことまで、突き詰めようとしてくれている」と評価してくれた。思わぬ効果もあった。不良品率がかなり減ったのだ。誰かが自分たちの仕事を見てくれている――。それだけで、人の気持ち、働き方が変わってくるのだと実感した。

「バネの味見」を始める前、会社として「安・正・早・楽(あん・せい・そう・らく)」というキャッチフレーズを掲げるようになっていた。

安=安心・安全・適正価格
正=正確・正直・高品質
早=必要なときにタイムリーに
楽=お客様の手間を少しでも軽減する

「これら4つの要素を、バネを通じてお客様に提供します」という使命を社員と共有するためだった。「商品がいいのは当たり前で、バネを超えてお客様に何を提供できるのか」が勝負になっている。バネの味見を始めて、その「美醜」にこだわり始めたので、「美」が加わって、「安正早楽+美」を提供する会社になった。