訓戒で済まされる「軽微」な違反
眼鏡を外して本文の活字を追うと、最後のほうに答えらしきものが書いてあった。「男性警部補を減給10%1カ月の懲戒処分、33人を方面本部長訓戒などとした」――。
方面本部長訓戒。
聞いたことがない。あったかもしれないが、記憶には残っていない。「訓戒」とは何か。それは「懲戒処分」とは違うのか。
パソコンの画面では、秘密保護法訴訟のメールが開きっぱなしになっていた。それを閉じて、インターネットの検索窓に「方面本部長訓戒」と打ち込む。5千件を超えるヒット。画面を何度かスクロールさせていくと、道警の公式サイトの一部らしいページが目に留まった。『北海道警察職員懲戒等取扱規程』という内部文書をPDFファイルにしたものだ。クリックするとファイルが開き、細かな活字が詰まった横書きの文書が現われた。5枚に及ぶその文書は、警察職員の懲戒処分のルールを定めたものらしい。「訓戒」の2文字を探しながらスクロールしていく。マウスのホイールに当てた人差し指は、最後の2つの条文のところで止まった。
警察本部長又は方面本部長は、被申立者の規律違反が軽微なものであって、懲戒処分を要しないと認めるものについては、訓戒又は注意を行うことができる。
所属長は、所属の職員の規律違反が極めて軽微なものであって、懲戒の手続に付する必要がないと認めるものについては、訓戒又は注意を行うことができる。
訓戒は、懲戒処分ではないという。懲戒にするほどでもない「軽微」な違反に対して与えられるものだという。
道警は今回、新聞記事になるような不祥事に対して懲戒処分を与えなかった。そういうことだ。記者会見を開いて道民に謝罪した監察官室は、そう判断したのだ。
受話器に手が伸びかけ、寸前で止まった。土曜日だ。役所は開いていない。報じられた事件の『報道メモ』を確認するには、あと2日待たなければならない。
ほとんど無意識に4色ボールペンを手にしていた。パソコンで中央官庁・警察庁のサイトを開き、サイト内検索の窓に「懲戒処分」と打ち込む。
右手の上で、ペンの回転が始まる。
空いた左手で検索結果のひとつ、『懲戒処分の指針の改正について』をクリックする。
人差し指がペンを回し続ける。
開いたPDFファイルの最初のほうに、その文言はあった。
事案の内容によっては、この指針に定める懲戒処分の種類とは異なる処分を行うこと、懲戒処分とせずに監督上の措置である訓戒等を行うこと等もあり得るものである。
「監督上の措置」。この6文字は忘れるべきではないと、なぜか直感した。
読み終えても、4色ペンの回転は止まらない。同じ癖を持つ人ならばよく知っていることだが、右利きの人がペン回しをする時は普通、ペンを人差し指ないし中指で弾いて左回転させる。私は中学生時代からずっと右回り、つまり逆回転だ。人差し指でペンの左端を右手前に引き寄せ、その勢いで右回転させる。当時の同級生には「ひねくれている」と、母親には「天の邪鬼」と言われた。
パソコンの画面から目を離し、脳内の風景に眼を凝らす。手をつけていたほかのすべての案件が遠くへと後退し、横書き文字が彫られた岩の銘板が目の前に迫ってきた。
これまでは、新聞を読んでいただけだった。だが、これからは――。