番組の冒頭、テロップと又吉直樹のナレーションによって「いま、日本には15~34歳までの若年層で定職につかない、いわゆるニートが56万人以上います。なぜ、そんなに多くの若年層が働かないのでしょうか」と解説が入る。『ニートの歩き方』を書いた2012年当時、phaさんは34歳。ニートの定義としてはギリギリの年齢だった。つまり、現在38歳になったphaさんはニートとはいえない。phaさんは言う。
「毎日電車乗って決まった時間に出社するとかがすごいしんどかったんです」
「家族じゃないシステムをやってみようというか、仲間を作ろうって感じですね」
「1人だと寂しいから」
現代の主流である資本主義的な豊かさを得るのとは、真逆の生き方。そんな生き方にうらやましさを感じながらも、疑問は残る。一体その生活はいつまで続けられるのだろうか……。初めての密着から4年後というタイミングでの総集編には、制作者、そして視聴者の「まだあの生活続けてるの?」という疑問に対する回答の意味があった。
プロのマンガ家になり結婚した友人の変化
結論から言うと、その生活ぶりは4年前とほとんど変わらないものだった。phaさん自身の知名度はさらに上がり、今年の6月には新刊『ひきこもらない』(幻冬舎)を出版、もはや売れっ子の書き手と言えるほどではあるが(2017年3月20日のブログには、「最近忙しい」というらしからぬエントリが上がっている)、相変わらずダラダラとした生活は続いていた。定期的な仕事といえば、週に1回ネット番組の監視のバイトをするぐらい。4年間での大きな変化は、ギークハウスが引っ越しをしたこと。もちろん、引っ越し作業もダラダラやっていた。
それより大きなニュースは、13年の放送時には、アマチュアのマンガ家として番組に登場した小林銅蟲(どうむ)さんが、晴れて商業誌デビューを果たし、単行本を発売し、さらにネットでの“嫁募集”に応募してきたファンの女性と8年間の交際を経て結婚したことだろう。番組のエンディングが、新しく引っ越したギークハウスでの結婚パーティだったことを見ても、今回の重心とハイライトは、密着対象のphaさんというよりも、むしろ小林銅蟲さんと妻・可奈恵さんの物語だった。
浮きも沈みもしない、地に足の着いた無職
4年という歳月がたてば、何かしらの変化が起きるだろうと考えるのは、ドキュメンタリー制作者としては普通の判断だ。しかし、生活態度こそフワフワしているが、phaさんの働かない生き方は、想像以上に強固だった。浮きも沈みもしない。地に足のついた無職。
著書『持たない幸福論』でphaさんは〈普通とされている生き方モデルがすごく高いところに設定されていて、実際にそれを実現できるのは全体の半数以下くらい〉と指摘している。できるだけ安定した仕事に就いて、定期的に金を稼いで、将来に備えて貯金もして、病気にならないよう規則正しい生活を送る。当たり前といえばその通りだが、簡単なことではない。生きるために働いていたはずが、そのせいで心身を病み、命を落とす人さえいる。そのことにphaさんは強く反発している。また同書では、社会も自分も否定してしまう状況を「小さな死」のようなものだと形容している。
決まった時間に通勤したくない、嫌なことはやりたくない、だるい。そう主張するphaさんは、たしかに子どもっぽいし、社会性がないように見える。放送中にツイッターの番組ハッシュタグを検索すると、やはり批判の声も多かった。しかし、phaさんの「働きたくない」は、欲望というより思想に近い。そして、後ろ向きで受動的な「働きたくない」ではなく、能動的で実践型の「働かない」生き方である。著書を読むと、それがよく分かる。
本の中では、働くことだけにとどまらず、遺伝子レベルにまで思考をめぐらせ、結婚や家族制度にも疑問を投げかける。金があることで与えられる自由や流動性についても考えながら、近代的な都市生活のデメリットを考察する。phaさんは、インターネットを活用することで、血縁でも地縁でもない、オンライン上の共鳴を手掛かりに、ポスト現代の新しい家族像を模索しているのだ。転職、転居、離婚、再婚が前時代に比べて非常にカジュアルになった今、(擬似的ではあれ)家族ですら選択可能なのではないかと。