複雑で不安、だからトランプ

なぜ、「決めてくれそう」だと、多少乱暴で大雑把でも人気が出るのだろうか? 背景にあるのは、今のアメリカが抱えている「不安」にある。貧しい人々はもちろん、お金持ちであっても将来に不安を抱えている。グローバル化やテクノロジーの進化など、社会はものすごい勢いで変化しているし、どんどん複雑になっている。多くの人は、変化にどう対応していいか分からないでいる。

武蔵大学社会学部助教 田中俊之さん

トランプ氏が、オバマ大統領の後に出てきたというのも興味深い。オバマ大統領は「乱暴・不真面目・大雑把」とは正反対で、非常に知的でスマート。「やさしい・真面目・細かいことに気がつける」タイプだった。そして、知的であるからこそ、複雑な世の中を複雑なままに国民に見せ、「あなたがた一人ひとりも考えて」と判断させようとしてきた。しかし、先行きが不透明な社会情勢を冷静に理解して、自分で判断して決めるのは、多くの人々にとって簡単ではない。オバマ大統領に対する反動で、トランプ氏という「決めてくれそうなオジサン」に、魅力を感じているという部分もあるのではないだろうか。

トランプ氏は、理屈ではなく直感に訴える。ワンフレーズで分かりやすく話し、結論もシンプル。すべてを決めてくれる。「TPPのせいで、国内の雇用がなくなる。だからTPPからは離脱する」「イスラム教徒がいるからテロが起きる。だからイスラム教徒はアメリカに入国させない」……。世の中は、「AだからBになる。だからAをやめればBにならない」と、シンプルに表現できるほど単純ではない。しかし、「こうすればこうなる」という単純化したメッセージは、聞く人の願望をかきたてる。「スポーツができればモテるはず」「痩せれば幸せになるはず」という安易な考え方と、根は同じだ。

異なる意見を持つ人たちが話し合って結論を導き出す民主的なやり方というのは、理想ではあるが面倒くさい。飲み会でも、誰かが「場所は予約しておいたよ。コースで飲み放題付き、一律4000円」などと決めてくれると楽だ。しかし、実は参加者一人ひとりを見ると、お酒を飲まない人もいるし、食べ物の好き嫌いもある。ベジタリアンや、宗教上の理由で食べられないものがある人もいる。タバコを吸う人、吸わない人もいて、店1つ決めるのもややこしい。世の中は複雑だ。複雑で不安な生活に疲れると、つい、トランプ氏のように、決めてくれそうなオジサンに頼りたくなってしまうというわけだ。日本人も、長時間労働なのに給料は下がるばかりで、みな疲れている。そう考えると、日本にも「トランプ」が生まれる要素はたくさんある。