天才をつくるのは、遺伝か環境か──。長く続くその論争に全米注目のスポーツ科学ジャーナリストが答える。最新の遺伝子研究とスポーツの観点から、子どもの才能に迫る。
天才遺伝子に惑わされる、早期英才教育の危険性
残念ながら、今ブームになっている遺伝子検査はそれほど万能ではない。国を代表するトップレベルのアスリートが、トレーニングの成果に決定的に影響する遺伝子をもっているかどうかを検査することは重要だろう。だが、一般人向けの遺伝子検査はまだまだ未完成で、そのほとんどが企業の情報収集か金儲けを目的にしている。
あなたの子どもに特定の能力に秀でている遺伝子が見つかったとしても、その能力を形成する遺伝子のほんの一部が見つかったにすぎないのだ。つまり、そうした一般向けの遺伝子検査の結果は、実際にその遺伝子情報に従って子どもの習い事やトレーニングを今すぐ限定していくほどの情報ではないということに気付いてほしい。
日本でも子どもが幼いうちに遺伝子検査を受けさせて、短距離に向いている遺伝子が見つかれば、それに特化して訓練させるのがベストであるといった間違った考えをもつ親がいるのではないだろうか。著書“The Sports Gene”(邦題『スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?』)を2013年に上梓してから、全米のトレーナーやチームからも遺伝子検査について多くの質問を受けてきた。
プロテニス選手のロジャー・フェデラーの親は、彼が小さい頃にバドミントン、バスケットボール、サッカーなどいろいろなスポーツを体験させ、テニスに絞らせたのはずっと後だった。スティーブ・ナッシュというNBAバスケットボール選手も13歳までバスケットボールを触ったことがなく、12歳まではそれ以外の様々なスポーツを楽しんだそうだ。身長はそれほど高くないにもかかわらず、MVPを2回獲得しているほど優秀な選手となっている。
これらの一流選手の例からも言えるように、12歳くらいまでは様々なことを試す時期と位置付けることが重要なのだ。10歳の一流選手をつくる必要はない。20歳で成功すればいいのだ。実際に、早期に子どもの専門を絞りすぎることで、その才能を伸ばせず、失敗した例がアメリカで多く報告されてきた。
だから、子どもに遺伝子検査し、短距離に向いていることがわかったとしても短距離だけに特化して訓練することはやめたほうがいい。
これはスポーツだけではなく、音楽にも当てはまることがわかっている。早期に一つの楽器に集中するのではなく、いろいろな楽器をやることで最終的に自分に合った楽器が見つかり、幼い頃から練習していた人を軽く凌駕することはよくあることだ。