家に侵入したのは人肉の味を知ったから
このように人間に対する当初は偶発的あるいは防衛的な攻撃から、エゾシカに対して行う時と同じような捕食行動に急激に移行する状況は、2025年夏に発生した福島町の事件や、後述の羅臼岳登山道の死亡事故との共通点を感じさせる。
なお、人為的食物に餌付いて行動をエスカレートさせたヒグマが、人が中にいる状態の家屋内にまで侵入する事例は、近年も1986年(昭和61年)9月に羅臼町海岸町地区で発生している。大正時代の開拓農家の家屋(開拓小屋)であれば、ヒグマにとって内部へ侵入する心理的ハードルはさらに低かったであろう。
ところで、大正時代の北海道においてはまだ土葬が主流だったため、ヒグマが墓地を掘り返して遺体を食べる事例が私たちの想像以上の頻度で発生していた可能性がある。つまり当時は、人肉の味を知るヒグマの数が現代よりもかなり多かった可能性が考えられるのだ。
そのため、本事件の加害個体のヒグマについて、後述するような人肉に餌付いている状態が、太田家の初回襲撃前にすでに成立していた可能性も考えられる。
いずれにしても、通夜の晩の太田家への2回目の乱入や明景家への侵入は、少なくとも太田マユを食害して人肉に餌付いたことによる、完全に人間の再捕食を目的とした行動と推測される。
事件を再発させる4つの危険な条件
この行動は近年の事例でいえば、2023年10月31日に道南の大千軒岳で発生した、訓練登山中の消防士の方が襲撃されて負傷した事件の加害個体の行動と共通していた可能性がある。
以上のように、苫前三毛別事件の加害個体の行動には、現代のヒグマとの共通点が意外と多い。そのため、いくつかの条件がそろえば、ヒグマによる同様の連続死傷事件が今後再び発生する可能性を私は否定できない。
いくつかの条件とはすなわち、①ヒグマが人為的食物に屋外で餌付くこと、②ヒグマに行動過激化のスイッチが入り、建物内に侵入して食物を漁るようになること、③人間を攻撃した後、食害して人肉の味を覚えること、④上記の②③のような状態の危険個体をすぐに捕殺できないこと、の4点である。
苫前三毛別事件では、加害個体に対する発砲機会が何度もあったにもかかわらず、不発、失中、あるいは半矢(手負い)での逃走がくり返されて迅速に捕殺できなかったことが、被害の拡大につながった。


