Sexy Zoneは電撃デビューの最後の世代だった

そして何より、Sexy Zoneこそがこの形の“ジャニーズ的な”デビューの仕方をした最後と言ってもいいグループなのである。2011年にデビューしたメンバー5名のうち、中島健人と菊池風磨の2人こそ、当時3年以上の経験があったが、佐藤勝利、松島聡、マリウス葉の3名は1年以下で、大抜擢の印象も強い。もちろん、当時のジュニア歴の長い多くの先輩たちを差し置いてのデビューである。だがその後、前述したように2010年代後半から現在に至るまでは、このような経験値の少ないメンバーをいきなり抜擢してデビューさせる、旧来の“ジャニーズ事務所”的なデビューの仕方は見られなくなってしまった。

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つまり、Sexy Zoneは“ジャニーズ事務所的な”やり方でデビューした最後のグループだった。そしてそのSexy Zoneが10年以上の時を経て、timeleszと改名し、自分たちを“ジャニーズ事務所的なやり方で”刷新したのが、タイプロだったのである。

タイプロはこの10年の価値観で言えば“伝統を壊す”ものだったかもしれないが、実は90年代から2000年代のジャニーズに“回帰”する行為だったとも言えるのである。この前代未聞と騒がれた試みを、事務所の中でもtimeleszというグループが行ったことはおおいに意味のあることだったと言っていいだろう。

菊池は“一般人”3名をどう評価していたか?

そんなタイプロという“ジュニア期間の代替”を経て、事務所外から“いきなり選ばれた”のは、篠塚大輝、橋本将生に猪俣の3名。ジュニア期間を経ていない彼らが、デビューしてから10年以上の経験を持つオリジナルメンバー3名はもちろん、ジュニアになってから約15年の経験値を持つ寺西拓人と原嘉孝という2名の新メンバーと同じステージに立つのは相当なことである。その重みは、菊池はもちろん、15年前に中島と菊池という先輩といきなり同じグループになった佐藤や松島も身をもって理解しているはずである。

ちなみに、もともとジャニー喜多川が選抜基準を「やる気と人間性」としていたことは『ジャニーズは努力が9割』でも詳述したが、選ばれた3名はどうだろうか。

3名を見ると、ジュニアこそ経験していないものの、それ相応の人間性や経験を積んだ者を選んでいるように思えた。

篠塚は一橋大学に在学中の秀才で、ダンス未経験にもかかわらず、審査の初期段階からオーディションでのチームのリーダーに「時間ないで」とタイムマネジメントを促すなど、物怖じせず自分のできる役割を果たしていた。その一方で、候補生同士としてライバルであるチームのメンバーにさえ、ダンスを教えてもらえるなど、他人が協力したくなる何かを持っており、審査期間中に急成長。5次審査の後にはダンストレーナーとして参加していたNOSUKEをして「大輝のこと、もう“未経験者”って呼ばないでもらっていいですか?」と言わしめた。