姦通罪が廃止された後の女性たちは……
話がだいぶそれてしまったので、日本の戦後に戻ろう。
1947年に姦通罪が廃止されたのはいいが、それは日本の社会においてどのような変化をもたらしたのだろうか。
当然ながら、その年を境に日本の女どもがこぞって街へ繰り出して、刹那的な恋愛に身を委ねはじめたわけではない。逆に言えば、その不条理な法律が施行されていた間だって、出奔する女性がゼロだったということも、もちろんない。
その点について、平林たい子先生は、1958年2月号の『群像』にて掲載された「姦通論」のなかで次のように論じている。
こんどの改革でも姦通罪の廢止といふことは、平等思想以上の深い根據をもつたものでないにかゝはらず、日本婦人の間にある種の觀念的變革をもたらしたのがいまになつてはつきりわかるのである。それが決して、罰せられなくなつたからやつてみようといふ直接的なものでないことにも注意しておかねばなるまい。罰せられるか罰せられないかといふことでなら、この法律のあつたころにも、別に女はこんな法律を恐れてはゐなかつた。よほど變つたケースでない限りこの法律を利用しようといふ人間は、まづなかつたからである。
ああ〜ヨカッた! 明治以降の日本では、恋多き女の死体が道端に転がっていなかったことに、まずは安堵の胸を撫で下ろす。しかし、ある程度の「ゆるさ」がずっと黙認されていたとしたら、どうして1950年代になったとたんに、姦通や不倫が突然あれだけ世間の話題を集めたのかという疑問が残る。
姦通罪の廃止で「女性の欲望の蓋」が開いた
それはおそらく、平林たい子先生が指摘している通り、「日本婦人の間にある種の觀念的變革」が起こったからではないかな、と。
姦通罪の廃止という政治的な出来事は、情事の件数にどれほど影響したか調べようがないが、少なくともその罪悪感を長らく押し付けられてきた日本の女たちの意識を大きく変えたはずだ。実際に不道徳な恋に踏み切るかどうかはともかくとして、そのときまでとは少し違った選択肢や可能性が開かれたと同時に、あえてその罪を犯しても報いが返ってこないという新たな道徳観がじわじわと浸透しはじめたのである。
戦後の女たちの心の奥底に追いやられていた、「一度だけでもあいつと寝てみたい」という禁じられた欲望の蓋がわずかに動いた。すると当時の文学はすかさずその狭い隙間に入り込んでいった。「よろめきモノ」というのは、まさにそれだ。
姦通罪の廃止は、女性たちの性への関心が一気に表面化される契機となったとも言える。それまでイエ制度のもとで、「妻」や「母」としての役割に縛られていた女たちは、新たに「ひとりの女」として自我を取り戻しはじめたのだ。それによって、純潔と情熱の間をゆらゆらと揺れる素敵なヒロインたちがたくさん誕生したが、なんか……ワクワクするではないか⁉
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