まだ“食べる世界”に入っていない
食卓には座っている。けれど、心はまだ別の場所にあるのかもしれません。さっきまで遊んでいたおもちゃ。テレビの音。指先に残っている素材の感触。スプーンを持ちながら、実は姿勢を保つだけで精いっぱいなのかもしれません。
食べ物の匂いや温度が強すぎることもあります。大人には何気ないものが、子どもには強く感じられることがあります。「食べない」のではなく、まだ“食べる世界”に気持ちが来ていないこともあります。
広人さんのお母さんは、広人さんがあまり食べないことに困っていました。食事の時間なのに遊び始めてしまう。じっと座って食べられない。
そこで、食卓についた広人さんがどのようなものが見える位置に座っているか聞いてみました。
広人さんが座っているのは、テレビの前のテーブルでした。テレビ台の下と横には、おもちゃが置いてあるそうです。
子どもは、忘れていたおもちゃでも、視線の先にあると気になります。目に入ったものが注意を呼び起こすのです。テレビがついていたら、映像や音、番組の内容に注意が向きます。すると、食べ物を口に運ぶ手が止まりやすくなります。大人なら「今は食事」と頭で切り替えられても、子どもは見えているものに気持ちを連れて行かれてしまうことがあります。
まして、さっきまでそのおもちゃで遊んでいたとしたら、なおさらです。身体は食卓についていても、気持ちはまだ遊びの中に残っているのかもしれません。このようなとき、子どもの中ではまだ食事の時間が始まっていないことがあります。
食べる世界に入るための準備が整っていないのです。だから、まずは環境を整えます。座る位置を変える。遊んでいたおもちゃを一度見えない場所に置く。食事の時間には、食事に気持ちが向きやすい空間にする。
すると、食べることに集中しやすくなります。
食事が続かない背景にある「姿勢のつらさ」
祐弥さんも、食事をちゃんと食べないといいます。ちゃんと食べないというのは、椅子に座ったものの、すぐに立ちあがろうとしたり、お話をし始めたりするとお父さんはいいます。座っているのは最初の数分くらい、長くても5分10分が限界で、ずっと座って食べることはできません。
園ではそのようなことはなく、食事も最後まで座って食べているということでした。
園では食べ終えることができて、家では、食事が続かない。その違いはどこにあるのでしょう。
家ではどのような椅子に座って食べているのかと尋ねると、チャイルドチェアに座っているといいます。
椅子には足置きがありましたが、祐弥さんの足裏はそこにしっかりついておらず、足先だけが触れているような状態でした。
子どもによっては、足裏で身体を支えられないと、姿勢を安定させることが難しくなります。とくに、姿勢を保つことに多くの力が必要な子では、食べることに十分な力を向けにくくなることがあります。
食べ始めはお腹が空いているので、座っていられるかもしれません。けれど、ある程度お腹が満たされてくると、座り心地の悪さや姿勢を保つしんどさが前に出てきます。
子どもにとって、不安定な姿勢で座り続けることは、思っている以上に大変です。そう考えると、机にはい上がろうとしたり、立ち上がったり、おしゃべりをしたりする姿は、「(最後まで)食べない」のではなく、身体の居心地の悪さを伝えているように見えてきます。

