ごめんね、ごめんね

ピンチのときほど、ふだんからの備えがものをいう。キリンビールの松沢幸一社長の話には、「いざ」という事態に動じないある種の余裕が感じられた。

<strong>キリンビール社長 松沢幸一氏</strong>。自家発電の導入や、全国に散らばった工場の連携により、生産体制への影響が「限定的な影響」に収まったという。

キリンビール社長 松沢幸一氏。自家発電の導入や、全国に散らばった工場の連携により、生産体制への影響が「限定的な影響」に収まったという。

「1923年の関東大震災のとき、創業の地である横浜の山手にあった工場が全壊しました。そこが生産再開するまでを支えたのが、仙台工場なんです。仙台はいま止まってるけど、残りの8工場で一丸となって、会社を挙げて復旧に向けて全力を尽くそう。88年前にたすきを繋いでもらったことを忘れるなとね」