農民出身の秀吉は「しがらみがない」

しかし、そんな信長の下についている秀吉は、もっと自由だった。

秀吉には守るべき家格もなければ、配慮すべき譜代の家臣団もない。農民出身という出自は、しがらみのなさを意味していた。信長が切り開いた「実力主義」という道を、秀吉は何の遠慮もなく全速力で走ることができたのである。

「幼少期の秀吉」のブロンズ像(浜松市)
「幼少期の秀吉」のブロンズ像(浜松市)(写真=ヒラタイプ/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

信長が「旧秩序との共存」という重荷を背負っていた一方で、秀吉は身軽だった。だからこそ、信長のシステムをさらに徹底し、拡大することができたのだ。