日露戦争までの軍人とくに将軍はほぼ士族ですが、昭和の戦争になると士族出身ではない士官学校出が多くなりました。軍の上層部が主に民間出身の学歴エリートたちになると、とたんに日本が戦争に負けたのは偶然でしょうか。忠義滅私の異様な思想教育をうけた明治の士族世代と、学歴で地位を得たがった世代では行動が違ったのかもしれません。学歴エリートには血統の権威がありません。天皇と華族を上に持ち上げ、身分制を一部保存し、叙勲などでその権威を利用しました。かつて歴史家の半藤一利さんが「戦争すると、軍人は爵位がもらえる。軍縮すると師団長・艦長のイスが減る」、そういう損得勘定が国を滅ぼしたと、苦い顔をされていたのを思い出します。
西洋に追いつけ追い越せで、工場型経済で高度成長できた時代までは、この「学歴身分制」は機能しました。しかし、このエリート選抜法は今や通用しなくなっています。翻訳と計算という人工知能が簡単にやってしまうものでエリートを選び、子どもの脳を人工知能に近づける「自己AI化教育」だけをまだやっていては日本の将来はおしまいです。
衰退に衰退を重ねつつある今日の日本では、世襲身分を持たず、学歴エリートでもない豊臣兄弟のような、ゼロから一を作り出した人物の生涯が参考になります。バックグラウンドがなく、いきなり多大な影響力を発揮し、周囲を巻き込んで牽引していく人物は、どのように生まれるか。どんな資質か。裸一貫からの人物の思考パターンは、どんなものでしょうか。
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(磯田 道史/文藝春秋 2026年1月号)

