プロのプレゼンターが「使わない」言葉
【千葉】相手を観察して、相手のことを考えて、アウトプットをする。このとき、注意点はありますか?
【澤】僕がふだん使わないようにしている言葉がいくつかあるのですが、そのひとつが「べき」なんです。
【千葉】ほうほう。
【澤】「こうあるべきだ」とか言いますよね。この“べき論”から離れること。人は誰でも偏見を持っているものですが、その究極の形がべき論です。
例えば「男はこうあるべき」「女はこう振る舞うべき」というのは、まさに“偏”って世界を“見”ている状態。先ほどのデッサンの例でいえば、「手元」ばかりを見ているわけです。
誰でも、自分のべきがあるのは当たり前なんです。だけれども、それをトップオブトップに持ってきて他者にアプローチしても、反発を食らうだけ。なぜなら相手にもべきがあるからです。
【千葉】そうですよね。
【澤】ですから、「すべてを受け入れる準備がある。だけど“私は”この立場なんだ」という言い方をしましょう。主語は「私」にする。「私はこう思います」と、「私の意見」としてロジックを組み立てるのはおおいに結構。だけど、べき論でまとめない。
それを常に意識した状態で観察をし、目の前の人たちにアプローチをしましょう。「世の中の絶対的な正論を自分が語るのだ」とは思わない。そんなものはないので。
コンビニでの買い物もプレゼン
【千葉】おっしゃる通りですね。ところで、澤さんはプレゼンの「練習」ってどんなふうにされているのでしょうか。
【澤】これ、プレゼンの指導をする際に「プレゼンテーションは生き様ですよ」という言い方をよくするんですよ。冗談に聞こえるかもしれませんけど。
【千葉】良い言葉です。
【澤】プレゼンテーションは、その人がどう生きてきたかということの最終形としてアウトプットするものなんです。これは、「いかなる場合にも」です。
多くの人は「プレゼン」と聞くと「講演(ステージと聴衆)」の形式をイメージしますよね。でも僕は、「人に何かを伝えることはすべてプレゼンテーションだ」と定義しています。
そういう意味では、コンビニでの買い物もプレゼンテーションです。レジの人とやり取りする一瞬もプレゼンだと思って、ちゃんと自分の意図を伝えよう、立ち居振る舞いを美しくしようと考えるわけです。
もちろん、「こんにちは! 澤と申しまして……」とやるわけではない(笑)。相手がオペレーションしやすくなるにはどうすればいいかを考えたり、相手がちょっとでも良い気分で仕事に打ち込めるようにと思って、「ありがとうございます」とニコッとしながら店を出たりすることを、自分の中の決め事としてやっています。
そうすると、いつでも自然とそれができるようになる。一瞬一瞬がすべて練習なんですね。「澤さんっていつプレゼンの練習をしているんですか?」と聞かれたら、「目が開いているあいだずっとです」という答えになるわけです。



