「タイ進出の遅れは、失敗ランク10位」

さて、筆者が鈴木修に同行して海外の現場を回るのは、07年2月に訪れたインドに次いで、タイは2回目だ。前述したが、インドでは鬼のように厳しかった。

インドと比べると、タイの販売現場では優しい接し方である。鈴木修は「マヌーサク社長をはじめ、優秀で高学歴者が多いんだ」などと打ち明ける。シェア1位のインドと、最後発でこれからのタイとでは、接し方を敢えて変えているようにも見える。教師が出来のいい生徒と、そうでもない生徒とで、指導法を変えているように。もちろん、市場規模や影響度の違いもあってのことだろうが。

夜半、Sホテルの本館から別館に通じる長い廊下を渡り、記者団との会見と食事会に臨む。

鈴木修は50代でタバコをやめたのに続き、80歳になった前後に酒をやめている。「焼酎カクテル」も「スーパードライ」も飲まなくなる。アルコールが入ると、饒舌になるタイプだったのに。それでも食事会になると、タイのシンハービールを少しだけ飲んでいた。シンハーは、水代わりのような軽いテイストだからなのかもしれない。

「離婚の裁判中に次の相手と仲良くするのは、人間的に許されんだろう。男性も女性もな。もちろん、企業も同じだ」。VWとの裁判に触れながら、「タイ進出の遅れは、私の失敗ランクでは10位。これからもっと大きな失敗をするかもしれない」と、自身の経営的な失敗について語り始めた。

あまり話さない「人材論」

代表的な失敗にはスペインからの撤退がある。もちろん、“離婚係争中”だったVWとの提携も失敗。北米の四輪事業からも撤退した。中国の四輪からもやがて撤退を決めていく(2018年)。

「いろいろな失敗をしたから、例えばインドは成功したのだろう。集中できたから」

ちなみに、タイ工場も進出から10年以上が経過した2024年6月、翌25年末までの撤退を決めることになる。

「思うようにいくってことは、何もないねぇ。まぁ、それが人生と言えば、そうでしょうけどね」

経営判断で一番大切にしていることは、と問われて「自分で考えることだね」との答え。「限られた時間で情報を入手し、自分で考えて自分で判断するしかないんだ。責任はすべて経営者の自分が負う」

さらに人材論に話は及ぶ。

「ツキのない奴は、ダメだ。麻雀と一緒。追いかければ追いかけるほど、ツキは逃げていく」「グローバル化が進む中では、明るい性格の奴が求められる。明るくアッケラカンとしてる奴が、海外で活躍でき、やがてはツキを生む。理屈ばかりで暗い性格ではダメ」

鈴木修はよく、「ツキ」や「運」について語る。インドでの成功は「人に恵まれたから。向こうも俺に魅力を感じていた。巡り合えたのは運だった」。