笑わない眼

まず、眼光が鋭くなる。ジョークは消え、記者団のカメラの放列などへの意識も消えていく。現場に集中し、細部にまでとことん注意を払うのだ。こうなるともう、質問など投げかけられる雰囲気ではなくなってしまう。気持ちが入り込んでいて、眼は決して笑わない。

この笑わない眼が、世界中のスズキで働く5万4484人の社員(2012年)、さらにはサプライヤーや販売会社などを合わせれば10万人以上を支えているように、筆者には思えてならない。

ショールームに展示されたタイ工場製のスイフトの前で歩みを止めると、静かに後部ドアを開ける。音や塗装の仕上がり具合を観察しているようだったが、さらに店舗の奥のバックヤードへと入った。

倉庫で作業していた中年の女性は、総帥の突然の出現に驚いた様子を隠さない。だが、鈴木修はお構いなしに指摘していく。

「ここに棚を置きなさい。ただし、窓から(整備)工場が見渡せるように、目の位置にはモノを置かないように」「小さなスペースでも、有効に使いなさい」「おい、ハンカチ落としたぞ!」……。

修理工場をチェックした後は、再び屋外へ。既に日は高くなり、気温は30度近くに上昇。何より湿度が70%を超え、ひたすら蒸し暑い。敷地の端までくると、隣接地は葦が茂る湿原だった。

好物の一つはドリアン

マヌーサク社長が「実は将来、ボディーペイントの施設をここに建てようと考えています。タイでは、車をペイントするのが流行ってますから」と打ち明ける。鈴木修は「ならばここに木を植えなさい。そうすると土が増える。(二輪工場の)タイスズキもそうしたから」と、間髪を入れずに助言する。引き出しがすぐに開く、そのスピードは82歳には思えない。

記念植樹、ユーザーへの納車式、記念撮影などを矢継ぎ早にこなし、休憩時には好物のドリアンを頬張ってようやく一息入れる。

ショールームで説明員をする若い女性スタッフが、鈴木修について言う。

「きさくで優しそうです。えっ、82歳⁉ 60代に見えます」

この後も会見があり、バンスズキ関係者との記念撮影があり、スタッフに見送られてマイクロバスに乗り込み、次の目的地へと移動していった。鈴木修が去ると、祭りの御輿が下ろされた後のような静けさが、ショールームに訪れた。Sホテルに帰還したのは夕方になってからだった。