「日本のアンデルセン」がいた街・箕面
明治43年(1910)3月、箕面有馬電気軌道は梅田から石橋を経由、箕面に至る路線(現・阪急宝塚線、箕面線)を開通させた。終点となる箕面駅では、大きく円弧を描いてUターンするループ線が採用された。停車場で折り返す必要がないことから、画像4のように降車用と乗車用の停車場が別の位置に設けられた。
線路で囲まれた駅前の広場は、その形状から、テニスの「ラケット」にたとえられた。箕面有馬電気軌道はこの空間を「箕面運動場」と命名、庭球コートや競走路を確保して、学校や各種団体に運動会場として貸し出した。
また広場に面して公会堂を建設、展覧会や音楽会の会場に提供した。いっぽう駅前から名勝である滝や遊園地に向かう人々のために、社章をあしらった2本の電飾塔「金星塔」を建立してゲートとした。
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