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「極悪の欲情が秀吉の全身を支配した」と書かれる女好き…秀吉が信長の姪・茶々を側室にした跡継ぎ以外の目的【2023編集部セレクション】
文禄5年(1596)に起きた慶長伏見地震のときの秀吉を描いた浮世絵 月岡芳年作「大日本名将鑑 豊臣秀吉」[出典=
刀剣ワールド財団
(東建コーポレーション株式会社)]
淀君(茶々)の肖像画(画像=「傳 淀殿畫像」奈良県立美術館収蔵/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
醍醐の花見を題材にした浮世絵。女性の名前は「淀殿」「松の丸殿」「お古伊の方」と記されている(画像=喜多川歌麿作「太閤五妻洛東遊観之図」/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
三の丸殿の肖像画(模写)、秀吉の没後、二条昭実と再婚した[画像=「二条昭実夫人像」 韶陽院殿(織田信長女)、南化玄興賛(模写)、東京大学資料編纂所蔵/PD-Japan/
Wikimedia Commons
]
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