河村たかし

1948年11月3日、愛知県名古屋市東区生まれ。海部俊樹元総理とは生家も近かった。一橋大学商学部卒。家業に従事したのち、93年の衆議院選挙で初当選。連続5回当選を重ねる。今年4月26日に行われた名古屋市長選に立候補、「庶民革命」「市民税10%減税」などを掲げ当選。名古屋弁まる出しの歯に衣着せぬ物言いでTVでも人気者。「河村たかしの名古屋弁は異流では?」との声もあるが、本人の弁は「わしのは正統派だわ。名古屋弁はフランス語と非常に似ていると思っとる」。


 

名古屋いうんはどえりゃーとこなんだわ。信長だって、秀吉だって、家康だって、この辺からでてきたんだでよ。海部(俊樹・第76代内閣総理大臣)さんだって、わしの生家と近所同士だで。

わしが「日本民主主義発祥の地・名古屋」「日本減税発祥の地・名古屋」を言うんは、いろいろ理由をつけて増税とか言っとる政治家は、庶民の生活がわかっとらんからだわ。

織田信長が行った楽市楽座だって今でいう減税政策。やっぱり信長の領地が暮らしやすいいうことで自然と人が集まり、栄えたわけだわ。

江戸時代、尾張藩は60万石の御三家筆頭なのについに将軍を出すことができんかった。紀州藩(8代吉宗)も水戸藩(15代慶喜)も出しとんのに。吉宗のときも本当は尾張藩主の継友に決まっとったのに直前で死んでまった。

わしは、それ以来どうも名古屋には「呪い」が覆いかぶさっとるように思っとる。吉宗が将軍の時代、尾張藩では継友の弟の宗春が藩主だったの。この人が、質素倹約を旨とした吉宗に対抗意識バリバリの人物だったんだわ。つまり、庶民の生活はそんなきれいごとじゃ成り立たんという考えだったんだわ。派手な遊郭をつくったりしてよぉ。そしたら幕府から目の敵にされて蟄居を申しつけられてまった。それからどうも尾張藩主の性格いうんが屈折というか卑屈になってまったんだわな。以来、300年間、名古屋は屈折の歴史。一方の幕府は幕府で、御三家筆頭たる尾張藩の力を恐れとって、クーデターを起こされるんじゃないかという潜在的な危機感もあった。だもんで名古屋の城下に多くの密偵を放っとったんだと。

ほいだもんでますます尾張藩士は性格がひがみっぽくなってまった。名古屋弁まで隠すようになったらしい。

わしも先祖代々尾張藩士の血も引いとるんだが、その点は正反対でいきたいわな。正々堂々総理を目指す。まだあきらめとらん。名古屋にかかった300年の呪いを解くのはわししかおらんだろて。

わしは信長に似とると言われているんよ。顔はあんまり似ていないみたいで。伊東四朗に似とると言われる(笑)。あの「電線音頭」は良い味出しとった。

名古屋は庶民の街だで。この辺で派手な人なんて見たことないでよ。高そうな格好の名古屋嬢なんて本当におるんかいの。味噌煮込みうどんにしてもきしめんにしても櫃まぶしにしても「余った材料をどう使うか」ちゅうこと。名古屋庶民の知恵はどえりゃーじゃろ。