人間の集団心理、集団行動の物理学

実証的なデータに基づき、たくさんの人間の相互作用による経済活動や社会活動の現象を解明するのが経済物理学だ。だから人間の集団心理・集団行動の物理学でもある。

1990年代に、コンピュータの進歩とインターネットの普及で、経済活動など様々な人間の活動が電子情報として記録され、人間の詳細な行動が観測できるようになり研究が可能になった。その結果、経済物理学の分野で実証的で普遍性の高い法則が次々と発見されている。金融市場に関しては、価格の変化に追随するような集団行動が市場全体の特性を支配していることが明確になっている。私の研究室でも、膨大なPOS(販売時点情報管理)データから、価格変化と販売量の変化の間の法則性を発見している。

例えばカップめんなど消費期限が長く、蓄えられる商品は、価格を半分にすると数百倍も販売量が増えることが判明した。このような法則性を活用すれば、仕入れた商品が売れずに廃棄される在庫損失と仕入れが少なすぎて客を逃してしまう機会損失の問題に、リアルタイムで各店舗の最適な仕入れ数の推定ができるようになるだろう。

人間の集団行動に普遍的な特性があるのは、経済活動に限らない。例えば、イベント参加者数を事前に予測することができる「締め切り効果」という人間心理の法則性が発見されている。

ローマ大学のある物理学者が統計物理学の国際会議を主催した際、人々がどのようなタイミングで国際会議への参加登録をするのか観察したことでわかった。ホームページを通してコンピュータで登録する仕組みだったので、正確なタイムスタンプの付いたデータが入手できた。それを解析した結果、「締め切りまであとT日ある日に登録をする人の数は、T分の1に比例する」という簡単な法則性がきれいに成り立っていることを発見したのだ。

人間の心理としては、「締め切りまであとT日あるから、その中のどこかで登録をすればいい」と考えることで、T分の1という確率が出てくるというわけだ。この効果で締め切りが近づくと急激に登録者が増え、締め切りぎりぎりがピークとなる現象が説明できた。教授は、自分が発見したこの特性を利用し、最終的な学会の参加人数を早い時期にかなり正確に把握できた。

最近、私の研究室では、インターネットのブログサイトやツイッターにどのような単語がどのような頻度で書き込まれるか観測している(電通関西・ホットリンクとの共同研究)。口コミ数の時間変動を見ることでイベントへの期待がどのように高まって、ブームが形成されていくのかを垣間見ることができる。例えば、人気ドラマの初回の放映時間までの口コミ数の増加や、人気ゲームシリーズの発売日までの口コミ数の増加、著名人の来日までの書き込みデータからも、締め切り効果が見えてくる。

このような口コミ数と、コンビニや電気製品のPOSデータを複合して解析してみると、口コミで観測できる競合商品の口コミ数シェアと実際の販売シェアには強い相関があることが解明されつつある。口コミやツイッターが、需要予測にも本格的に使われはじめる日はそう遠くない未来である。

最近のニュースでツイッターへの書き込み情報は、網羅的に米国議会図書館に蓄積されることが報道された。このような、巨大電子システムに蓄積された人間の行動を解析することにより、ブームの形成や、パニック行動など、人間の集団行動の特質が今後ますます、科学的に解明されていくであろう。

※すべて雑誌掲載当時

(構成=吉田茂人)
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