長男が両親の死後に生きるための最終手段は生活保護

一方、母親の年金だけでは、家賃を含めると月10万円を超える赤字が出てしまいそうなので、売却代金だけで慎二さんの残りの人生にかかる費用をまかなうのは難しそうである。さらに、国民年金保険料の申請免除を受けている慎二さんが、自分の年金だけで暮らしていくのは完全に無理がある。

母親と暮らしているあいだなのか、慎二さんが一人で暮らすようになってからになるのかはわからないが、おそらく母親が存命中に売却資金は底を突くことが予想される。

その場合、全財産が10万円を切るようになったら、生活保護の申請をおこなうのが現実的だろう。母親がもらっている年金は生活保護費から差し引かれるが、生活保護の受給が開始すれば、税金は免除され、医療費や介護費用や葬儀代(直葬)の費用も保護費から出してもらえる。家賃も「住宅扶助費」として支給され、実費を国が肩代わりしてくれる。

ただ懸念点といえるのは、長男の慎二さんが65歳未満の時点で生活保護の受給が開始した場合、「働くことを促される」という点である。65歳より若い人が生活保護費を受給する場合、働くのが困難と見なされるような病気の診断を受けていなければ、ハローワークなどで求職活動をおこなわなければならないからだ。病気や障害などの「働けない事情」がなければ、働かずに生活保護を受け続けるのは難しいのである。慎二さんは病気の診断を受けていない。

ひきこもり当事者の中には、「生活保護を受けて、一生働かないで暮らしたい」という願望を口にする人がいるが、そんなに甘くはないことも知っておくべきだろう。

今までで20年くらい働いていない慎二さんにとって、ケースワーカー(生活保護の担当者)から求職活動を促される現実を、どのように受け止めるのだろうか。だが、発想を変えれば、生活保護を受け続けることが、仕事を始めるきっかけになるとも捉えられる。

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もう1点。生活保護の申請をするに当たり、慎二さんは弟へ扶養照会の連絡がいくことを気にしている。だが、兄弟姉妹には扶養の義務はないため、扶養照会の連絡がいったとしても断ることができる(※)。「弟に扶養照会することはやめてほしい」と頼めば、聞いてくれる担当者もいる。これは担当者次第なので、確約はできないのだが――。

※民法877条では「直系血族及び兄弟姉妹は互いに扶養をする義務がある」が、親族が自分の生活だけで精いっぱい、余力がない、といったケースでは、「自分の親及び兄弟姉妹に対する扶養義務」は認められない。

今回、中谷家では、雨漏りの修理をしなくてはならなくなったことで、その結果として生活設計についても考える必要が出てきた。生活設計を立てたところ、中谷家には「引っ越し」と「生活保護の申請」が必要というプランを立てることになった。

「働くことが難しい子ども」が生活保護を受けているケースは少なくないが、親からの「働け」という圧力が嫌で、別居して生活保護の申請は認められたものの、その後ケースワーカーからの「働くように」という指導がコワくて、自宅に戻ったひきこもりの子もいることは知っておいたほうがよいだろう。

また、別居して生活保護の受給をしていた子どもが、親の死によって財産を相続するケースもある。財産を相続すると、生活保護が停止するだけではなく、それ以前にかかった医療費などの返還を求められるケースもある。自治体に返還するくらいなら、自分は相続放棄をして、他の兄弟姉妹に自分が相続するはずだった分の財産をあげたいと考える人もいるが、相続放棄もできないのが原則だ。

生活保護の申請に関しては、活用できる財産がない場合に制度を利用するのが順当だと思うが、「65歳未満で病気を患っていない人」が申請をおこなう場合は、働くことも覚悟した上で申請することが必要だろう。

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