なぜカワセミは都内高級住宅街を好むのか

カワセミが暮らす街は高級住宅街。この法則に当てはまるのは、本書のケーススタディで紹介した3カ所だけではない。

次の表と地図をごらんいただきたい。都内の「カワセミの暮らす街」一覧である。いずれも東京では名の知れた住宅街ばかりである(注:このリストは筆者が直接観察した場所+当該施設の公開情報+ツイッター、インスタグラムで2015年以降複数の写真投稿があった場所をまとめたもの)。

ここに挙げた街には共通点がある。小流域源流の緑と池が住宅街の縁にあり、その源流が合流する都市河川がすぐ先の低地にあるのだ。

さらに共通するのは、それぞれの小流域源流の森が、古くから権力者の手で守られてきた、という点である。

古いものだと旧石器時代にまで遡る。つまり、東京に人間が到達したとき、最初に人々が住み着いた場所なのだ。しかも、これら小流域源流の谷は、人の手を借りながら、ずっと保全されてきた。複数の谷では今も水が湧き、巨木が斜面を覆っている。

出所=『カワセミ都市トーキョー』、番号は図表1の場所、地形図は国土地理院ウェブサイトより

この表と地図を見れば、カワセミと人間は、同じ地形、小流域源流の谷が大好き! ということが実感できるだろう。

人間の本能が「小流域源流」を求める

人間は小流域源流の谷を求めてきた。そして時代の勝者がこの地形を勝ち取ってきた。

旧石器時代、人間が武蔵野台地に到達した3万数千年前からずっと。縄文時代も弥生時代も古墳時代も飛鳥時代も奈良時代も平安時代も鎌倉時代も室町時代も戦国時代も江戸時代も明治時代も大正時代も昭和時代も平成時代もそして令和の今も、東京に集まった人々は、この小流域源流の緑の周辺を目指してきた。

なぜか。本能である。

人間は、湧水地を抱く小流域源流部をこの上もなく尊ぶ。そんな本能を有している。日本だけではない。世界中どこでも、である。湧水起源の小流域源流こそは、おそらく人類創生の昔から人間が希求してきた地形なのだ。

生物多様性という概念をいち早く世界に知らしめた進化生物学者エドワード・O・ウィルソンは1980年代に「バイオフィリア」という概念を提唱した。

バイオフィリアとは何か。ウィルソンは『バイオフィリア 人間と生物の絆』(平凡社 1994 原著は1984)で、こう定義する。

「生命もしくは生命に似た過程に対して関心を抱く内的傾向」と。

さらにこう解説する。

「われわれ人間は、幼いころから、自発的に人間や他の生き物に関心を抱く。生命と生命をもたないものを見分けることを学び、街灯に引き寄せられる蛾のように、生命に引き寄せられていく」