「なかったこと」にしてはいけない
小田急線内での事件の報道の後、ずっとこの事件のことを考えている。物書きとして、私はこの事件について書くべきだ。でもどうしてもうまく書けない。
ショック、混乱、怒り、悲しみ、絶望……いろんな感情があふれて文章がまとまらない。でももう、まとまらなくていいやと思った。
うまく書けないけれど、私はこの事件について書く。なぜなら、絶対に忘れ去られてはいけないから。日々のさまざまなニュースに紛れて「なかったこと」にされてはいけないから。
被害者の女性は、一生忘れられない体と心の傷を抱えて生きていくのだろう。今後電車に乗れなくなったり、通学や出勤ができなくなる可能性もある。そうやって突然人生を壊されたのだ、ただ電車に乗っていただけなのに。
こんなひどい事件は許せない、二度と繰り返してはいけない。この文章を読んでいるあなたもきっとそう思っているだろう。
であれば、どうすればこんな事件を防げるか? 自分たちにできることは何か? を一緒に考えてほしい。
女性を狙った“フェミサイド”
容疑者の男は「6年ほど前から、女を殺したいという感情が芽生えた」「出会い系で断られたりして、幸せそうな勝ち組の女を殺したかった」と供述している。
「女を殺したかった」と明確に語っているのだから、この事件はフェミサイドだ。
フェミサイドとは「女性であることを理由に、男性が女性を殺害すること」を指す。フェミサイドの背後にはミソジニー(女性に対する憎悪・嫌悪・差別意識)が存在する。
ネット上で「これはフェミサイドじゃない」と否定している人々は、この社会にミソジニーが存在することを隠したい、臭いものにふたをしたいのだろう。そうした声が大量にあふれることが、この社会が女性差別社会であることを表している。
女性を狙ったフェミサイドの連鎖を防ぐためには、社会が「フェミサイドを許さない」と強い抗議の声を上げる必要がある。
海外ではインセルによる凶悪事件の連鎖が社会問題になっている。
「この事件の容疑者は元ナンパ師だから非モテじゃない」「だからインセルじゃない」という声も上がっているが、そもそも「非モテ=インセル」ではない。そこは誤解がないように強調しておく。
アメリカで生まれたインセルという言葉は「不本意な禁欲主義者」を意味する。わかりやすく言うと「俺が恋愛やセックスをできないのは女が悪い」と女性を逆恨みして、憎悪をつのらせる一部の男性をインセルと呼ぶ。
彼らは「男には恋愛やセックスをする権利がある、女にケアされて性欲を満たされる権利がある、その権利を不当に奪われている」という強い被害者意識を持っている。
また進学、就職、仕事、人間関係……等のあらゆる挫折やストレスを「俺の人生がうまくいかないのはモテないから、つまり女が悪い」と女性に責任転嫁して、逆恨みする傾向がある。