「アメリカの植民地になっちまう」

著者は10年前、大叔母のふとした一言から始まった取材を通して得た情報を基に、ルポルタージュとして『下山事件 最後の証言』を出版した経緯がある。同書は膨大な調査資料をまとめた労作であり、その発表後、新たに事件関係者からの証言を得る機会が相次いだという。しかし、ノンフィクションは宿命的な制約を受け、取材で得た情報である点と点をシームレスでつなぎ合わせることはできない。この限界を超えるために著者が選択したのが、小説という表現手法だった。

著者のこの試みは、一定の成果を収めたといえよう。戦後の混乱期から数年間の東京都心部の復興ぶりが描かれ、事件の被害者である下山総裁の葛藤、恐怖心、痛みが伝わり、何よりも占領下の日本のGHQ関係者を含む人々の感情の動きが描き出されている。

伝聞ながら、下山事件を「げざん」事件と読み、山岳冒険小説と勘違いする若者もいるという。しかし、「戦後は遠くなりにけり」で終わらせるわけにはいかない。

著者は自分の祖父に、本書中で意味深長な次の台詞を語らせている。「白須さんは、いまの日本に必要なのは“金”だといっていた。しかし、このままだといずれ日本はすべてを買われ、本当のアメリカの植民地になっちまう……」

下山事件の真相はベールに包まれており、本書は著者が組み立てた推論をストーリー化したものに他ならない。しかし、いま現在の米国と日本の関係を読み解くための基礎資料としても、その価値が十分にあると思われる。

私自身悔やまれるのは、下山総裁が行方不明になった三越本店からほど近い、実行犯たちのアジトだったとされるビルを目に焼き付けなかったこと。その前を何度も歩いたはずだが、事件の舞台の一つとなった可能性が高い建築物は11年前に取り壊されてしまったのである。

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