俳優 永島敏行
1956年、千葉県生まれ。77年映画「ドカベン」でデビュー。2作目の映画「サード」で新人賞を多数獲得。70年代後半に起こった青春映画ブームの代名詞的存在に。今日に至るまで映画やドラマ、舞台と幅広く活躍。93年に初めて秋田で米作りを体験。俳優として活動する傍ら、農業コンサルタントとして活動する。農林水産省「食と地域の絆づくり」「地域食品ブランド確立委員会」などの有識者会議委員を歴任。テレビ朝日「やじうまテレビ!」毎週月曜日レギュラーコメンテーター。秋田テレビ「永島敏行の農業バンザイ!」レギュラー。4月より秋田県立大学で非常勤講師を務める。
僕はライフワークとして、秋田で米作りをしています。農業に携わるきっかけになったのは、大学時代の仲間と立ち上げた「あきた十文字映画祭」でした。
映画祭でクローズアップされるのは、どうしても映画を作った、東京から参加した人ばかりになってしまう。でもせっかく秋田でやるのだから、地元の人たちが前面に出る機会を設けたかったし、僕らも地元の人ともっと触れ合いたかった。それで、映画祭を手伝ってくれた地元の農家の人に、東京からの参加者に米作りを教えてもらおうと考えたんです。
教室には、子育て世代の仲間たちがやってきました。米作り体験なんてみんな初めて。子供は田んぼに入ると泥遊びして大はしゃぎです。東京では絶対教えられないことが、遊びながら子供たちに伝わっていく。大人の僕らも、都会に住んでいる人間はこういう地によって生かされていることを教えられました。農業を全然知らなかったなと思いましたね。その後、もっと簡単に多くの人に農業を知ってもらうきっかけになればと、2005年2月から生産者と消費者をつなぐ青空市場を始めました。
東京駅の行幸地下通路で第2・第4金曜日に開いています。昼間はほとんど人通りがない通路ですが、市場を開くと7000人近くも集まるようになりました。売り手も買い手もみんな楽しそうなの。やりがいがありますね。運営には相当なパワーがいりますが(笑)。
昔と違って今は、生産者と消費者の間にかなり距離があると思います。消費者の多くは安さばかりを求めますが、それは自分で自分の首を絞めるようなものなんです。「安い=あまり味がない」とか、「安い=大量生産」で農薬の使用が多くなることは避けられないとか、食べる人に跳ね返る。でも豊かな土で育てたエネルギーのある野菜は、ちょっと値段は高いけど、すごくおいしいし日持ちする。そういうことがきちんと消費者に伝わっていない。
08年頃に中国の冷凍餃子中毒事件があったとき、購買層の年齢がガクッと下がりました。それまで市場に来る人は50~70代。それが、子育て世代が食に関心を持ってやってくるようになった。情報がいくらテレビや新聞やインターネットに出ても、生身の人間が生の声で「大丈夫、これは安全ですよ」と伝えることが大事なんだとわかりました。人と人の間にしか、信頼は生まれないんです。
芸能って、人に何かを伝えるためにあると思うんです。人は昔から、声高に言えないことを民話や芝居に託して伝えてきました。僕のこうした活動も、芸能を生業としている者の務めであるのかなと思う。と同時に、役者としての自分もすごく助けられていると思います。