幼少期の政元に影響した応仁の乱

こうして聡明丸(幼名)は「細川政元」として生きていくことになったわけですが、その幼少期は十一年もの長い間、内乱(応仁の乱)が続いていた時期でした。そのことは彼にどんな影響を与えたのでしょうか。

一般的に考えて、戦争の中で生まれ育つわけで、とにかくその状況に対応しなければならなかったはずです。細川氏にとっては危機的状況であり、どうにかしてその勢力を維持しなければならない、とも考えたでしょう。

しかしその一方で、周辺に内衆と呼ばれるような良くも悪くも自分を支え囲っている存在がいたことが、彼のその後の行動原理を左右してしまった面もあるのだと考えられます。