精神的な暴力で相手を心理的に破壊する

「モラル・ハラスメント」の提唱者として知られる精神科医マリー=フランス・イルゴイエンヌは、著書『モラル・ハラスメント』(紀伊國屋書店)の中で、「人間関係のなかにはお互いに刺激を与える良い関係もあれば、モラル・ハラスメント(精神的な暴力)を通じて、ある人間が別の人間を深く傷つけ、心理的に破壊してしまうような恐ろしい関係もある。精神的に痛めつけることによって、相手を精神病に導いたり、自殺に追いこんだりすることは決して難しいことではない」と説いている。

「モラハラ」という言葉は、夫婦げんかの場面などで「その言葉はモラハラよ!」と、気軽に使われることもあるようだ。確かに、人を傷つけるような言葉を発するのも問題ではあるが、DVの一種であるモラハラの本質的な意味は、ピンポイントの言動を指すのではなく、支配的なパートナーの態度に恐怖を感じ、萎縮して言い返せない状態に追い込まれていく状態、関係性のことなのだ。

夫をワインボトルで殴る妻などもいるが、女性が加害者の場合、暴力の種類で言えば、圧倒的にモラハラが多い。なかには妻からの度重なるモラハラに耐えられなくなった被害男性が、身体的暴力の加害者に転じるケースもある。

外では常識ある人物が家庭では豹変

DVが顕在化されにくい理由の一つに、家庭という密室で行われるということがある。扉の向こうが無法地帯になっていても、他人には知る由もない。

もうひとつは、加害者は往々にして、家庭の外では常識のある人物と見られていることが多いことがある。気さくにジョークを飛ばすような魅力的な人であったり、リーダーシップがあって人格者として慕われたりすることもあり、社会に適応した生活をしている。暴力が向かうのはほとんどパートナー(場合によっては子どもも)で、家族だけがおかしいと感じている。

イルゴイエンヌによれば、モラハラ加害者とは、「きわめて自己愛的な人々」だという。

「自己愛的な人間にとって、自分に力があることを確認するには何も言わずにそれを認めてくれる人間が必要なのだ。そのためにも相手を自分に隷属させ、さらに言えば相手を〈所有〉する関係をつくろうとする。そのやり方は巧妙で、特に最初のうちは言葉以外の態度や行動で相手の言動をそれとなく非難し、自分の思いどおりに操ろうとする」と、著書の中で書いている。