芸能人がひとつの事務所だけと契約する「義理と仁義」の世界

もう一つ、芸能界の長所でもあると思うことは、芸能界では古くから義理と仁義が尊ばれてきたことです。これによって、法律で規制できないようなルールが厳守されてきたということがあると思います。

たとえば、競合避止きょうごうひし義務に値することです。芸能事務所に所属している人が別の芸能事務所に同時に所属するケースを聞いたことがありません。所属する芸能事務所のホームページには顔写真や経歴はもちろん体のサイズまで記載されますが、これに同意しない人はいません。外国人のモデルが複数の事務所と契約をした例があるそうですが、日本人では前例はないと思います。外国では到底真似できない誠意ある契約実態だと思います。

ステージ
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才能が海外に流出するばかりで、文化を育てる仕組みが不足

千秋楽を日曜日にするという伝統は、せっかく増えている女性スタッフが結婚、出産、育児や介護をしながら働き続けることを阻んでいます。保育所の多くが週末には休むため、一番人手がいる日曜日に子どもを預けられずに、女性は辞めることしか選択できない状況です。舞台スタッフの会社の経営者は「やっと仕事を覚え始めた頃に辞めていってしまう」と残念がっています。

諸外国の芸術家の生活保障制度は、たとえば、イギリスやフランスなどでアトリエの提供(アーティスト・レジデンス)や、有給休暇や失業保険(アンテルミタン・デュ・スペクタクル)の提供、韓国の広域自治体の京畿道は2023年にアーティスト・ベーシックインカム(芸術人機会所得)を始めました。

美術家の村上華子さんは、2012年に渡仏して活動の拠点を移した14年来、フランスで結婚、出産し、活動を継続しています。現代美術家の川久保ジョイさんとそのご家族は、育児のためには、ロンドンの社会が日本より開放的で、自分たちの育て方に合っていそうだと考え、移住を決めました。

こうして日本の若い才能がどんどん海外へ移住しています。その一方で、日本にアメリカの映像配信会社ネットフリックスによるアニメーターの教育機関が設立されるなど、これから育つ才能まで外国に獲得されようとしているようです。他方で、文化庁は新進芸術家の海外研修事業こそあるものの、外国人芸術家の国内への受け入れはしていません。

こうして日本の文化は海外に流出するばかりで、日本の文化を育てる仕組みが乏しいことは、本当に残念なことです。