「吉原の遊女」のライバル「宿場町の飯盛女」とは?
歴史の授業で、五街道って習いましたよね? 東海道、甲州街道、日光街道、中山道、奥州街道。日本橋からスタートして、最初の宿場町が江戸への出入り口なんですが、そこで「飯盛女」、つまり飲み食いの相手をした後でいっしょに寝床に入る女性を雇っていました。
大河ドラマ劇中で田沼意次に「宿場を栄えさせるのは何だ?」と聞かれた蔦重が「女とバクチです」と答えるシーンがありましたが、あれですね。
一番賑わったのが東海道の品川宿。『吉原細見』ならぬ『品川細見』も発行されて、一番多い時はその「飯盛り女」が500人いたそうです。内藤新宿は、江戸日本橋から数えて最初の甲州街道にある宿場で、四谷新宿という今に通じる別名もありました。今の新宿1丁目から3丁目、新宿通り沿いに宿が並んでいたんです。歌舞伎町や二丁目もその名残なんでしょうか。
奥州街道の千住、中山道の板橋にも「飯盛女」がいて、どこももっぱら吉原には手の届かない一般庶民や、中級・下級武士が出入りしていました。こうしたライバルたちに押され気味の吉原のために、蔦重はひと肌脱ぐことにしたわけです。
さて、鱗形屋孫兵衛の『吉原細見』の販売と編集を手伝い始めた蔦重は、早くも記念すべき処女作・遊女評判記『一目千本』を発行します。
「これ一冊で千本の“花”を見れますぜ」っていう意味で、別名『華すまひ』。これは花相撲という意味で、上下2巻、全体で約70ページに、それぞれ遊女たちに見立てた生け花をずらりと並べています。
なかなかの豪華本ですが、本屋さんに並べて売ったんじゃなくて、妓楼や引手茶屋、遊女たちがお客さんに贈りものとして配ったんじゃないかと言われています。だから出版の経費はそういう人たちから集めたのでしょう。
蔦重と同じ? エイベックス松浦会長のバイト先
花の絵を描いているのが、当時の浮世絵界の重鎮だった北尾重政(橋本淳さんが演じます)。ルーキーがいきなり起用できる人じゃないですから、たぶん孫兵衛が紹介したんじゃないかと言われてます。実際、この重政はその後もブレーンとして蔦重のビジネスの大発展の大きな助けになっていきます。
そのイケイケ蔦重、何と『吉原細見』を自分で編集・印刷して売り始めます。蔦重版『細見』の誕生です。これには蔦重がもともとやっていた貸本業が関わってきます。
貸出先の多くは吉原で暮らす人たち。格式の高い老舗妓楼の主には教養人がいたし、単に読書好きだったり、銀座の高級クラブのホステスみたいに、お客さんとの話題作りのために読む遊女もいたかもしれません。
貸本を通じてそういう人たちと親しくなった蔦重には、まず『吉原細見』に載せる遊女たちの最新の情報が入るわけです。どこどこの妓楼に何ていう名の子が入ったとか、辞めたとか。それに近所の酒屋さんじゃないですが、親しい得意先は雑談の中でポロッと立ち入った話をしてくれることがありますし、プライベートで色んな貸し借りも生まれるでしょう。
こうして貸本を通じて自然と出来上がった蔦重の“吉原ネットワーク”は、『細見』の編集に止まらず後々の仕事のベースになっていくんです。『一目千本』はその最初の成果でしょうね。
エイベックスの松浦勝人会長が、大学時代に地元の横浜の貸しレコード屋でバイトをしていた話を思い出します。偉くなる人は、早いうちからそのジャンルに仕事で関わっているんでしょうね。
