金融業界からものごとを見ることで自分自身が変わった

金融業界で働いて11年目になりますが、私は「鈍感」と「センシティブ」という矛盾する2つが自己の中で同じように成長し、大きくなりました。

まず、鈍感さを身につけたこと。投資を始めた時に、多くの人が感じる感覚があります。初めて株を購入してポジションを持つと、いきなり大きな海の中で自分が小さないかだで浮いているかのような心細い気持ちになったことを今でも覚えています。

そして、自分がどれだけがむしゃらにいかだを漕いだところで、大勢に影響なしという自分の無力さを思い知ります。投資の世界には、大きなお金を動かすプロの投資家が存在します。機関投資家の動きで、相場の流れが決まります。

プロの投資家と戦うことや、自分の意志で相場をどうこうしようなどということが、いかにバカげたことかと思い知らされます。教科書で学んだことだけでは、歯が立たない。

だからこそ、プロの投資家と戦うのではない、自分のフィールドで活動すればいいという心境になります。プロの投資家やAIのアルゴリズムで値動きが荒い短期のトレードで戦っていた私は、中長期のトレードにスタンスを変えていきました。

さらに、日経平均などの上値や下値を数字をベースに分析できるようになったことで、例えば、1日で日経平均が800円安となっても動じなくなりました。自分の根拠とシナリオを持っているからです。こうした経験から、鈍感力を身につけました。

【図表1】これを持っていれば冷静になれる日経平均3つのシナリオ
「強気シナリオ」の範囲内にとどまっていれば、金融関係者は冷静に市況を見ている。相場が壊れた時に、下値の基準にしているのが、「弱気シナリオ」のPBR0.8倍。リーマンショックでは、ここで下げ止まった。(出所=日本金融経済研究所作成)

一方で、ものすごく「センシティブ」な面も育ちました。言葉の扱いです。金融業界ではニュアンスを少し間違えるだけで、意味が全く異なります。いろいろなメディアで発言しているため、異なるニュアンスで伝えたことで市場が混乱を招きかねません。言葉の扱いには、かなり慎重になりました。

そして、企業に対する想いも「センシティブ」になりました。第8章で言及しましたが、人間が時間をかけた努力、それを織りなす組織体こそ、芸術的だと感じます。企業経営こそ、人類の最高の芸術であり、美しさと感動を覚えます。

「鈍感」と「センシティブ」は相反しますが、実は、人の心根の優しさに通じるものがどちらにもあります。