年長者から教えられてきた

誇れることなど皆無の60余年の来し方を振り返ると、出会った人たちからどれほどたくさんの影響を受け、その後の当方の立ち居振る舞いや考え方の土台になったかを実感します。

緒方健二『事件記者、保育士になる』(CCCメディアハウス) 
緒方健二『事件記者、保育士になる』(CCCメディアハウス) 

幼稚園児のころ、剣道の師だった餅屋のおじいさんには心を磨くことの大切さを教わりました。稽古前、道場で正座して唱えた幕末の剣豪、島田虎之助さんの格言はいまも正確に覚えています。

「剣は心なり。心正しからざれば剣また正しからず。剣を学ばんと欲すれば先ず心より学ぶべし」

しょっちゅうよこしまな思いにとらわれる当方はそのたびに反芻はんすうしています。

学校対抗リレーの指導を仰いだ小学校の教諭からは、練習の合間に当時米国の施政権下にあった沖縄の返還を求める歌を教わりました。いまも歌えます。戦争に関心を抱くきっかけとなりました。

高校時代、文化祭で同級生有志とベニヤ板や発泡スチロールでボートを作り、学校近くの大川を漕ぎ渡ろうとしました。川の中ほどで沈み、ずぶ濡れで命からがら岸に上がりました。

世界史担当の担任教諭は当方らを叱りもせず、「楽しんだか」と労ってくれました。

ルビコンを渡ったカエサルさんになれた心持ちでした。歴史は、ときに愚かで無謀な営みものみ込んで作られると悟りました。老爺ろうやは一日にして成らず。

「被害者の無念を晴らすのがおれの仕事」と休みなく、帰宅もせずに殺人事件の容疑者特定捜査に没頭する警察官には、仕事に取り組む心構えを叩きこまれました。

こうした人たちのような存在に当方ごときがなれるはずもありません。たまさか同じ空間で同じ時間を過ごす短大の若い人たちに、ほんの少しでも何らかの刺激を与えることができりゃ御の字と思うことにしました。

でも、きっと当方が学び、教わることの方が多いに違いありません。

緒方 健二(おがた・けんじ)
元朝日新聞編集委員

1958年大分県生まれ。同志社大学文学部卒業、1982年毎日新聞社入社。1988年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄、詐欺)・捜査4課(暴力団)担当、東京本社社会部で警視庁警備・公安(過激派、右翼、外事事件、テロ)担当、捜査1課(殺人、誘拐、ハイジャック、立てこもりなど)担当。捜査1課担当時代に地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件、警察庁長官銃撃事件を取材。国税担当の後、警視庁サブキャップ、キャップ(社会部次長)5年、事件担当デスク、警察・事件担当編集委員10年、前橋総局長、組織暴力専門記者。2021年朝日新聞社退社。2022年4月短期大学保育学科入学、2024年3月卒業。保育士資格、幼稚園教諭免許、こども音楽療育士資格を取得。得意な手遊び歌は「はじまるよ」、好きな童謡は「蛙の夜まわり」、「あめふりくまのこ」。愛唱する子守歌は「浪曲子守唄」。朝日カルチャーセンターで事件・犯罪講座の講師を務めながら、取材と執筆、講演活動を続けている。「子どもの最善の利益」実現のために何ができるかを模索中。