生活すべてを事件取材に捧げていた
2024年の春、65歳で短大の保育学科を卒業した緒方健二さん。入学するまでは朝日新聞社の社会部記者として、生活のほぼすべてを事件取材に捧げていた。子どもが被害者となる誘拐・虐待・無理心中、殺人、政治家や公務員の贈収賄、過激派テロ、暴力団抗争など、報じた事件は枚挙にいとまがない。
そんな“事件取材の鬼”が、退職後は短大生に転身し、保育士資格と幼稚園教諭免許を取得。記者のときから抱き続けてきた「子どもを守りたい」という思いを実現すべく、第二の人生を歩み始めている。
卒業後は、朝日カルチャーセンターで事件・犯罪講座の講師を務めながら、児童虐待事件の加害者などへの取材を継続。記事の執筆や講演活動と並行して、記者時代や短大時代のエピソードを綴った本『事件記者、保育士になる』も上梓した。
その一節を自ら朗読したYouTube動画は、ありのまますぎる姿と「巻き舌」が受けてSNSで話題になっている。
「当初は保育所や幼稚園の先生になることも考えていましたが、今は子どもの最善の利益のために何をすべきか、その手段を模索しているところでございましてね」
ドスのきいた声でそう話す緒方さん。模索している手段の中には、自分が理想とする施設や園をつくることも入っている。実際、そうした施設の運営者からオファーを受けたこともある。
一緒に卒業した同級生たちからも、「園を作ってほしい」「緒方さんが園長をするなら絶対働きに行く」といった声が上がっているという。ただ、その実現には膨大な準備と資金が必要になる。
「宝くじにもすがりたく存じます。でも、もうここ40年以上買い続けていますけど、当たった額は最高で1万円ですよ」
冗談めかして語った後、ではいかにして子どもを守っていくかという話になると一気に眼光が鋭くなった。
保育学科で専門知識を身に付けたことで、思いの実現には一歩近づいた。それでも心境に変化はなく、現状に満足するつもりも毛頭ない。卒業後は、かえって今の社会に対する危機感が強まった。
子どもの虐待事件は年々増え続けているのに、その子たちを守るはずの機関や制度はいまだ十分に整備されないまま。緒方さんは「現場の実態を知れば知るほど怒りが込み上げてくる」と語る。