地主になりすますことなく、堂々と購入希望者に会わせた

北田がその犯行計画を仕組んだ。名の売れている北田は「伍稜総建」や「東亜エージェンシー」といったペーパーカンパニーを取引の表に立て、なるべく津波との交渉現場に立ち会わないようにしていた。北田が支配する東亜エージェンシーは社長に松田隆文を据え、従業員の大塚洋とともに窓口として取引を進める形をとった。北田自身は必要最低限、要所要所で取引に登場しただけだ。詐欺は、最初から巧妙に仕組まれていた。被害者である津波が説明してくれた。

「われわれとしては、持ち主の西方さん、東亜エージェンシー、うちの会社というAからB、BからCという取引のつもりでした。本来、二者で取引をすればいいのだけれど、20回に1度くらいはそういう中間業者が介在するケースもあります。B社が物件を探してきてくれた紹介者という位置づけであり、そこに利益を落とさなければならないので仕方ありません」

世田谷の元NTT寮の売買で仲介者として使われたのが東亜エージェンシーなるペーパー会社だった。しかし、彼らが仕組んだ取引はこれだけではなかった。実は持ち主の西方と北田たちのあいだには、別にもう一つの取引が進行していたのである。

内田たちは地主をだまし、同時に購入希望者もだました

かつてのNTT寮を所有してきた世田谷の地主西方は、都内のほかに宮城県仙台市内に山林を持つ資産家だった。

「NTT寮と仙台の山林の両方をセットで買ってくれるところはないだろうか。最低でも20億円で売りたい」

そう話している西方の希望を聞きつけたのが、内田であり北田だ。北田たちは二つ返事で地主の願いを引き受けた。

握手を交わす日本人男性ビジネスマン
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マンション用地として最適な世田谷の元NTT寮はすぐにでも買い手がつきそうだ。だが、仙台の山林の買い手として手を挙げる開発業者などそうはいない。そこで犯行グループはふたつの取引を巧みに使う、いわゆる「二重売買」を企んだのである。

津波は、不動産ブローカーに紹介された北田たちから、あくまで元NTT寮の買い取りを持ちかけられただけだ。一方で売り主の西方は世田谷の元NTT寮だけの売却を了承するはずがない。したがって取引が成立するはずはないが、津波はそんな事情など知る由もなかった。

そうしておいて北田たちは、仙台の山林と元NTT寮をセットで買い取るという触れ込みの会社を別に仕立てた。それが「プリエ」だ。これもまたペーパーカンパニーであり、北田は熊谷秀人という配下をその代表取締役社長に据えた。

プリエの熊谷は取引で茅島秀人と偽名を使い、持ち主の西方に対し、希望通り元NTT寮と仙台の山林を合わせて20億円で買い取ると約束した。