被害総額は5億円、手練れの地面師3人が仕掛けた詐欺

事件が動き出したのは、発生から2年ほど経過した17年の春だ。それまで捜査は行きつ戻りつ、紆余曲折があった。捜査二課が実行犯グループの親玉と睨んだのが、北田文明であり、北田とともに犯行を練ったのが、内田だった。すでに不動産業界で名前の売れている北田は、本名の北田文明ではなく、北田明、あるいは北川明と名乗って事件に登場している。またここには、アパ事件で逮捕された元司法書士の亀野裕之も登場する。被害額は5億円。かなりの大事件だ。

警視庁
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世田谷事件には、内田や北田、亀野という地面師事件の常連が顔を出す。それだけに手口の共通点もある。が、その一方で事件からは新たな捜査上の問題も浮かび上がってきた。捜査のやり方が、地面師たちをはびこらせている要因の一つになっており、これも地面師事件の特徴の一つといえる。

好立地のビルを二重に売買するという新たな手口

始まりは15年4月半ばだ。都内で不動産会社を経営する津波が、かつてNTTの従業員寮だった土地・建物の売却話を知り合いの不動産ブローカーに持ちかけられたことに端を発している。

NTTの寮だった鉄筋の建物は、東急大井町線の上野毛駅に近い世田谷の好立地にある。津波は建物をリフォームすればマンションとして使えると考えた。不動産ブローカーはそんな津波に対し、5億5000万円の買い取り価格を提示し、津波は5億円なら買うと答え、その売買価格で折り合った。

元NTT寮の持ち主である西方剣持(仮名)から犯行グループがいったん物件を買い取り、津波のような不動産業者に転売する。世田谷事件の手口もまた、これまでしばしば見てきた地面師事件と同じく中間業者を一枚ませようとした。不動産業界では珍しくもない取引でもあるので、津波にもさほどの警戒意識はなかった。

もっとも、他の地面師事件とは決定的に異なる部分がある。それはなりすまし役が存在しないという点だ。地面師事件では、概して詐欺集団が地主のなりすましを用意し、不動産会社に売りつけるというパターンが多い。が、このケースは少し違う。いわば「なりすましの存在しない不動産詐欺」であり、犯行グループは持ち主と不動産業者の仲介者として登場し、最終的に不動産業者から振り込まれた購入代金をせしめた。

ごく簡単にいえば、売り主である地主は本物だが、買い主とのあいだに登場する仲介者が、売買代金を騙し取る。そこには、他の地面師事件にはないカラクリがある。