取引と購入代金振り込みを急がせるのが地面師の手口

その一方で、北田たちは津波に対し、東亜エージェンシーが元NTT寮だけを持ち主から買い、5億円で転売すると提示した。まったく異なる2つの取引が進行しているとは知らず、津波は5億円の金策を銀行に頼み込んだ。

森功『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(講談社文庫)
森功『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(講談社文庫)

地面師集団に限らず、詐欺師が相手を騙すときには、取引を急がせる傾向がある。彼らにとっては、なによりどさくさに紛れて取引を進めるスピードが大事なのだ。実際、世田谷事件でも、津波に5億円の取引話が持ち込まれたのが15年4月半ばで、津波ははじめそこから2週間後の月末取引を要求された。

「他にも競争相手がいるので、グズグズしていると取引をさらわれてしまうよ」

北田の手下である松田はそう言って津波に危機感を植え付け、買い取りを急がせた。津波はさすがに4月中の契約は無理だと断ったが、そうそう先延ばしにすることもできない。そして5月に入り、具体的な取引の交渉が始まった。

不動産取引のプロである津波は、むろん持ち主の存在を確認するため、仲介者である東亜エージェンシーに、西方本人との面会や直接交渉を頼んだ。通常の地面師事件では、犯行グループがここでなりすましを用意するのだが、このケースでは本物が立ち会ったので、疑いの余地がない。津波は彼らの取引をなおのこと信じ込んだ。

後編>に続く

森 功(もり・いさお)
ノンフィクション作家

1961年、福岡県生まれ。岡山大学文学部卒業後、伊勢新聞社、「週刊新潮」編集部などを経て、2003年に独立。2008年、2009年に2年連続で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を受賞。2018年には『悪だくみ「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞。著書に『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』『ならずもの 井上雅博伝──ヤフーを作った男』『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』など。