年老いた両親と、まだ大学生のひとり息子のために、生活の糧を稼がねばならない。なんの技術も特別な能力もない五十男に職業選択の余地はなかった。とにかく早急に生活資金が必要だった。私はタクシードライバーとなった。
源泉徴収票を見返してみると、年収はもっとも多いとき(2005年)で556万円、65歳で退職するときは184万円だった。
嫌なことばかりではなかった「タクシードライバー人生」
嫌なことは多かったが、そればかりではない。
お客からこの仕事を始めた理由を聞かれる。聞かれれば素直に話すようにしていた。内実を包み隠さず話せば、お客もまた心を開いて自らの境遇を語ることがある。長距離客と人生相談のような時間をすごしたこともあった。お客との触れ合いにこの仕事ならではの喜びを感じたこともある。
50歳でスタートし、65歳でリタイアするまで15年間の体験を書きまとめた。タクシードライバーの実情や、この仕事の成功の秘訣などの関連本はすでにいくつも出版されている。
それでも、私には私にしか書くことができない事実や思いがある。
15年におよぶ日々のあれこれを綴った。また、私の退職後に起こったコロナ禍はタクシー業界を直撃した。私の現役時代とくらべてもあらゆることが揺らいでいる。今も現役を続ける同僚に話を聞き、業界の激動ぶりも盛り込むことにした。
本書にあるのはすべて嘘や作りごとのない実話である。
同業者の方はもちろん、この業界を知らない人にもタクシー業界の悲喜劇を楽しんでいただければ幸いである。
〈「道順を教えていただけますか」と客に言ったら大激怒…それでもタクシー運転手と客が最後に“握手を交わしたワケ”〉へ続く