感情で突っ走るのではなく、違和感を言語化して正論を語る珍しいヒロイン

そして寅子を連れて書店に入り、六法全書を購入。「自分の人生に後悔はないが、自分の娘にはスンッとしてほしくないと思ってしまった」と言い、それ以降は娘の学問を応援するようになる。

この石田ゆり子が演じる「控えめで優しいが、芯が強くいざという時は主張するしっかり者の母」は、過去の朝ドラに何度も登場した「理想の母親像」のテンプレのようだった。しかし『寅に翼』がすごいのはさらに踏み込んで、このテンプレな「理想の母」が男性にとってもいかに都合がいい存在かを暴き出したことだろう。

なぜならこの「理想の母」は、「表では控えめに自分を立ててくれて、実務は全てやってほしい」という男性の理想を詰め込んだ存在だからだ。

この男性の希望に適応する、または適応するしかなかった女性たちのことを『寅に翼』では「スンッ」という一言で表現している。

さらに寅子は強く賢い女性だが、これまでの強い朝ドラヒロインたちと違うのは、情熱や感情で突っ走るのではなく、違和感に出会うたびに立ち止まり、それを言語化して正論を投げかけることだ。

これは従来の朝ドラヒロインにはいなかったタイプで、似ているキャラクターを探すとすれば『逃げるは恥だが役に立つ』で「小賢しい」と言われたみくりに近い。

だからこそ見合い相手に「ガムシャラに競い合う無邪気な闘争心もときには必要かと」などと嬉しそうに語り、「女のくせに生意気な!」とキレられ、見合いは失敗に終わる。

誰にでも愛される「健気なドジっ子」(女性視聴者が本当に好きなのかは疑問の残るところだが)か、高い能力を発揮するかわりに、男性や周囲を傷つけて孤独になっていくという2択を迫られることの多かった過去の朝ドラヒロインたち。いずれにしろ「平等」や「対等」はまだまだ遠い。そうした歴史を踏まえ、寅子は、彼女たちの無念を背負って人生を切り開こうとしている。こんなに胸アツな朝ドラはない。

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