シーパワーの日本がランドパワーの憲法を導入
その後、ドイツでは、ヘーゲルの国家有機体説をベースにしたドイツ国法学が花開き、プロイセン憲法などがつくられます。なお、日本が明治期につくった大日本帝国憲法も、このドイツ国法学に倣って作成されました。地理的には海洋国家であり、シーパワーである日本が、ヨーロッパを代表するランドパワー国家・ドイツの憲法を導入する。この時点で悲劇の種がまかれていたことを知る人はいませんでした。
プロイセン憲法や大日本帝国憲法などこれらの憲法では、「人間は神のように賢く、一般意志を持っている。そんな賢い国民こそが主権者である」との考え方がベースになっています。国家は一つの生物のようなもので、その主権を守るために、生存権や交戦権、関税自主権などいろんな権利を持っており、自らが生き残るためにはその権利を行使し、領地を広げることは悪ではないとされました。
そして、この国家有機体説が、典型的な大陸系地政学へとつながっていきます。
人間の理性を信じないシーパワーの地政学
大陸系地政学は、主にかつてのドイツや、現在のロシアなどが含まれます。これに対して、いわゆるシーパワーの地政学が生まれたのはイギリスからです。正確に言うと、そもそもシーパワーとランドパワーという概念そのものを考え出したのがイギリスの地理学者、ハルフォード・マッキンダーでした。
「人間は理性的な生き物である」という前提から成り立っていた大陸主義的な思想に対して、「それは、おかしいのではないか」と指摘したのが、18世紀に活躍したイギリス人の政治思想家であったエドマンド・バーク(1729-1797)でした。
バークは、フランス革命を厳しく批判した人物でもありました。いかに理念自体は良いものであったとしても、民衆がギロチンによる残酷非道な粛清を望むなど、やっていることは野蛮な行為でしかない。
理性を絶対視する大陸の人々を、バークは非常に冷笑的、かつリアリスティックに捉えていました。あまりにも人間を理想化していた政治哲学は、個人の権利を重んじるイギリス人にとっては思弁的すぎて受け入れられなかったのでしょう。