出産後も仕事をセーブすることなくここまできた
一方の吉雄敬子さんは、91年の入社以降どのような社会人生活を送っていたのだろう。
入社当時は、法務部に配属されて知財関係の仕事をし、その後、ブランドマネジメントと商品開発を往復しながら、「金麦」「なっちゃん」などのヒット商品を生み出したことは、前述の通りだ。
大きな節目となったのは課長への昇進だった。吉雄さんは2006年にビール事業部ブランド戦略部課長に就任しているのだが、なんと育休明け直後だったというから驚く。
「課長の内示を受けたのは、まだ子どもが1歳になる前でした。えっ、そんなの無理、と思いました。でも、当時の上司が、大丈夫、できるよと言ってくれたのです」
約束を違うことなく、上司は子どもに何かあると適切なケアをしてくれた。もちろん上司だけでなく、同僚からも保育園の人たちからもさまざま支援を受けて、吉雄さんは「仕事をセーブすることなく」課長職をまっとうすることができたという。
人が育つのには時間がかかる
とは言うものの、吉雄さんが新ジャンルの「金麦」を立ち上げたのは2007年のことである。まさに子育ての真っ最中に大ヒット商品を生み出したことになるが、仕事と子育ての両立に困難はなかったのだろうか。
「子育てをしていると、会社でのマネジメントは楽だなと思うんです」
楽?
「だって、ちゃんと言葉が通じる大人を相手にしているわけですからね(笑)。それに、スーパーに買い物に行ったりすることが、マーケティングにも生きてくるんです」
吉雄さんは、両立の苦労を口にしない。
雇用機会均等法が施行されたのは1986年、吉雄さんが入社する5年前のことだ。その世代の女性たちには、もっと気負いや悲壮感があった気がするのだが……。
「私が課長に昇進した当時、マーケティング部門で女性の課長は少なかったと思いますし、サントリーの中でも女性としては早目にマネジャーになった方だとは思います。私たちの世代は、まだまだロールモデルが少なかったので、たしかにやれるかどうかという不安はありました。ロールモデルが少ないことの影響は本当に大きいと思いますが、しかし、一朝一夕で増やすことはできないのです。人が育つのも、育つ環境をつくるのも、とても時間がかかることです。でもあれから20年近くたったいま、後続の女性が、それこそぞくぞくといますからね」
現在のサントリーには、イクメンも子育て中の女性も大勢いる。
「仕事をきちんとやった上で、子どもに何かあったら子どものケアに(時間を)回せる。サントリーはそういう体制の会社になっていると思います」
人が育つ環境と同じように、ワインもぶどう畑も育てるのに気が遠くなるような時間がかかる。ラグランジュ復興の20年に続くこの20年間の道のりは、どのようなものだっただろうか。