現地社長のスピーチ
そして、シャトーの社長であるマティウ・ボルドさんのスピーチが、吉雄さんの胸に響いたという。一部を引用してみよう。
数十年後、サントリーがシャトーラグランジュを買収して40周年を迎え、皆さんと一緒にお祝いすることになるとは、当時の私は夢にも思っていませんでした。そして、ボルドーにいた誰もが、サントリーが今日もここにあるとは、一瞬たりとも思っていなかったことを認めなければなりません!
サントリーは質を高めることだけを求めてきた
吉雄さんが言う。
「彼はボルドー出身なのですが、サントリーのオーナーは生産量を多くするのではなく、とにかく質を高めてくれとしか言わなかったと。だからいま、ラグランジュの質は高くなったのだと、堂々と語ってくれたのです。それを聞いて、涙が出ましたね。日本人の繊細さ、サントリーのひたむきなものづくりの姿勢が10年、20年ではなく40年という長い年月をかけて、フランス人に信頼されるようになったことを実感しました。ボルドー400年の歴史の一員として、本腰を入れてワインをつくり、ラグランジュを確実に成長させていく。それがサントリーの役割であり、それを世界にPRしていくのが私のミッションです」
吉雄社長はエレガントな雰囲気をたたえた女性である。女性管理職として、男社会と闘っているというイメージはない。
ワインは、テロワール(土壌、気候、地形も含めた産地の特性)がつくり上げる農産物だと言われる。サントリーは40年の歳月をかけてラグランジュのテロワールを丁寧に磨き上げてきたのと同じように、やはり40年近い歳月をかけて、女性が働きやすい社風を築き上げてきたのかもしれない。それを、サントリーのテロワールと呼んでみたい誘惑にかられる。
吉雄さんは、後からぞくぞくと続いてくる女性社員たちに、どんな言葉を伝えたいだろう。
「ボルドーに、実際に行ってみると、ちょっとしたランチを食べる時でも生演奏をしてくれたりして、ワイン文化の奥行きの深さを感じます。若い世代には、ぜひ、こうした世界の文化を知ってほしいですね。日本にも素晴らしい文化、素晴らしいものづくりの力があるのだから、堂々と世界と渡り合ってほしいと思います」
こういう言葉に、「男前!」と声をかけるのは、筋違いというものだろうか。
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。