突然ですが、あなたは塩をふるときに、どんなことを考えていますか?

と、知人に聞いて回ったら、「何も考えていません」「仕事や家庭のこと」「何か考えないといけないの?」などといった答えが返ってきた。

私も、かつては何も考えずに塩をふっていた。しかし、プロの料理人たちの導きに従い、いろいろなこと(家庭の問題ではない)を考えて塩をふると、それだけで味のレベルが格段に上がることを、あるとき悟ったのであった。

かつてある肉焼き名人から「肉に塩をふる場合、肉の状態や部位によって塩のふり方を変える」との教えを授かり、これを真似することにした。

塩をふるまえに、肉をじっくり観察する。確かに牛肉や豚肉は種類や部位によって脂やスジの入り方がかなり違う。赤身の部分は塩が入りやすそうだが、脂身は塩が入りにくそう。しかも、焼いているうちに脂身の表面が少し溶けるから塩も流れやすいはず。とすれば、おのずと塩のふり方がわかってくる。赤身部分には薄く、脂身の部分には厚く、だ。

あるいは、鶏肉を真横から眺めてみると山脈のようになっている。包丁を入れて均等にしようとしても、どうしても厚みにばらつきが出る。ここに均等に塩をふると、薄い部分は塩が濃く、厚い部分は塩が薄くなってしまう。ということは、塩は厚みのある部分に多めにふればいいはず。

そして名人は「素材によって塩の種類を使い分ける」とも言った。しかし、これはいくら肉を眺めても考えても、最適な塩なんてわからない。仕方ないのでさまざまな種類を試してみることにした。岩塩や海塩、それぞれ産地や粒の大きさを変えて、同じ肉に同じようにふってみたのだ。

なるほど。実際に食べ比べてみると、塩によって味わいに差が出る。いろいろ試してみるとその食材に適した塩がわかるのだなぁ。逆に、レシピにただ「塩大さじ1」と書いてあっても、塩の種類によって効果や味が大きく違うじゃないか……。

もっとハタと気付いたことがある。たとえばレシピに「粒の細かい岩塩をふる」とあった場合、そのレシピをつくった人がどのような味のイメージをもっているかが、なんとなくわかるようになってきた。

その料理を実際に食べたことがないから、レシピ通りにつくれたかどうかわからない、正解がわからない、ということをよく聞く。

しかし、塩について詳細な指定があるだけでも、われわれ迷える仔羊たちが目指すべき正解を知る大きなヒントになる。しかし、こうしたテクニック的なことよりも、実はもっと重要なことがあった。名人の教えにあった、塩をふる「目的」を考えることである。今、ここでふるのはなんのためか、なぜふるのか、を考えるようにしたのだ。

「ここで塩をふるのは味をつけるため」「これは香りを引き出すための塩」「味を決めるのは最後だから、今は下味をつける程度」「ここは素材の水分を抜くため」などと常に考えながら、時にはつぶやきながら料理をするようにした。そうすると、塩のふり方や量に何となく確信がもてるようになる。

「ウチにある塩はこういう味だから、この肉にはここではこの程度ふるといいはず」

「ここでの味つけにはあの塩が適しているのではないか」などとも考えられるようになる。こうして、目的を考えながら塩をふるようにしてから、味のレベルが格段に上がった。本当だって。

ウソだと思ったら試してみて。「なぜふるのか」という目的を意識するだけで本当に料理レベルがアップするから。

こうした「哲学」を身につけていくと、さらに大きな問題も解決できるようになるはず。たとえば肉を焼く前に塩をふるか、焼いてからふるか。

ただ、これは、塩だけではなく、「火の入れ方」という別の、そしてより重要な問題にかかわってくるのである。

(文・大石勝太 撮影・浜村多恵)