自殺未遂と束縛を繰り返すうつ病の母親を持つヤングケアラーの傷とはどのようなものか。大阪大学人間科学研究科教授の村上靖彦さんは「母親のもとに居ようというポジティブな思いと束縛へのしんどさが複雑に絡み合う」という――。

※本稿は、村上靖彦『「ヤングケアラー」とは誰か 家族を“気づかう”子どもたちの孤立』(朝日選書)の一部を再編集したものです。

うつ病の母と暮らすサクラさん

【サクラさん】で、〔母がイタリアから〕日本に来て育児ノイローゼになって、私が生まれてから。そこから彼女のうつ人生が本格的に始まってしまって、いわゆる眠剤なんですけど、薬物とかはしたことないんですよ。本当に眠剤なんですけど、当時は薬局でウットっていう。

【村上】知ってます。

【サクラさん】知ってます? 〔……〕お母さんが初めて「眠れないんだけど」って言ったときに、「これよう寝れるで」って渡されたのがウットやったんですって。死ぬように寝れたと。

サクラさんは20代の女性で、インタビュー当時母親との二人暮らしだった。

私がウットの存在を知っていたのは、数年前に行った保健師へのインタビューでウットの依存症の母親と暮らす子どもが一時保護になったケースが登場したからだった。深刻な依存をもたらすとその保健師も語った。サクラさんと同じ一人っ子の母子家庭で、生活が立ち行かなくなるケースだった。そのケースが子どもの願いに反して施設入所になったのに対して、サクラさんの場合は母親との暮らしが続くことになる。まさにここにネグレクトとみなされている家庭におけるヤングケアラー支援の鍵がある。

さて、ウットを用いることで母は「死ぬように寝れた」が、離婚をしてから薬の量は増えていった。

うつ伏せで眠る女性
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眠剤を毎日1箱飲む…繰り返す過量服薬

【サクラさん】その頃に多分、自分のお父さん、お母さんの。私の母のお父さん、お母さんが抱えていた借金のこととかも多分、分かり始めて、働いたお金はおばあちゃんに渡したりとか、すごい彼女自身も苦労していたけど、そんななかでウットを本当、毎日1箱飲んだり、ワインで流したり、ヘルパーしていたんで、夜勤があったから、朝帰ってきたら、眠剤をワインで流すみたいなことをしていたみたいなんです。

小学校5年生ぐらいのときにおばあちゃんが倒れて。おじいちゃんも亡くなって、おばあちゃんも倒れて、私とお母さんの2人生活がそこから始まるんですけど、私のお母さんは本当にお母さん子で、自分の母がすべてやったんですよね。だって、彼女、お金持ちやから、何もできないんですよ、洗い物できない、ご飯作れない、家事全般本当に苦手なんです。勉強させられてきたから。

サクラさんの祖母が脳出血で倒れたときに借金の額が分かり、母親は自己破産をする。そして、生活保護での母親とサクラさん二人の生活が始まった。サクラさんの祖母と共依存関係にあった母親は、依存先を失って足場を失うと同時に、家事やさまざまな手続きが得意でなかったため、弁当やカップラーメンが続くなど生活にも難しさが生じたそうだ。