売れるものをつくる=相手の欲しいものをつくる

――その目線を持たないと、商売は成り立たないよ、と。

石井 そう、そうなんです。

――それはこの本の大きなメッセージだと思います。「相手の中に棲み込む」「相手の立場になって考える」という言葉は、字面だけ見れば道徳の授業で聞かされる言葉のようにも見えてしまうのですが、実は商行為のいちばん基本の部分をお書きになっているのかな、と。

石井 マーケティングそのものに、そういうところがありますね。つくったものを売るのではなく、売れるものをつくるんだという言い方は、相手の欲しいものをつくるということなんだと。

自分が相手の中に棲み込む、そのことで、世界にひとつしかないビジネスのアイデアが生まれるわけです。『ビジネス・インサイト』に住生活グループの潮田健次郎さんの話を書いたのですが、潮田さんは社長になられてからマネジメントスクールに一年通って、その時に、他の人にはない何かを得たとおっしゃっているんですよ。

■潮田健次郎
住生活グループ前会長。
1926年、東京都生まれ。1949年日本建具工業を設立。1966年、トーヨーサッシ(現・リクシル)を設立し,アルミサッシに参入。75年、業界首位となる。2001年、INAXと経営統合。2004年に住生活グループに社名変更。06年までCEO。2011年没。
《経営セミナーといっても社長自ら通っているのは大抵自分1人で、他の受講生は大企業の平取締役や部長クラスがほとんどだった。彼らの多くは「大学の先生は実務を知らないから、空理空論で役立たない」と話していた。だが私は逆だった》(『熱意力闘-私の履歴書』69~72ページ「“社長兼学生”の日々」より)

『熱意力闘-私の履歴書』
日本経済新聞出版社/本体価格1700円




石井 たとえば私が潮田さんに、学生にするような「製品というのは成長があって、成熟があって、衰退していくんです」という製品ライフサイクル論と呼ばれる、どのマーケティングの教科書にも書いてあるような当たり前の講義をしたとしても、それを聞いた潮田さんは、いろいろとその話から閃きを得られるのだろうと思います。「あっ、この話、商売のここに使える」と思われるのでしょう。私の思っていないところへ私の理論を持って行って、私が思ってもいない新しい意味、理論を世の中に見つけ、運用する。だからこそ勉強になっているわけです。私の言っていることを「試験に出てくるから覚えなきゃ」と、そのまま聴いている限りは、あまりたいしたことがない(笑)。私が言っている理論に対し「いや、ここに使ったほうがいいんじゃないか」と新しい応用範囲を見つけたはずです。

これができるようになるためには、一度相手の理論の中に棲み込まないとできないのです。理論の中に棲み込んで使いこなしていくというプロセスがあって、初めて理論を話した人以上の意味をつかめるわけでね。

誰かの頭の中に棲み込んで、新しい応用範囲を見つけるということは、その瞬間、世界でたった一例しかないわけです。私と彼との結びつきは、他の何物にも代替がききません。そこで閃くアイデアは世界でたった一例なんです。それは、オリジナリティそのものです。

――そのオリジナリティを手に入れ、「これを出すことによって、お客さんはこれが欲しかったと気づくんじゃないか」と気づく瞬間、極端に言えば「世の中を変えられるんじゃないか」と気づく瞬間が、マーケティングという仕事の、どきどきする面白さだと私は思っているのですが、今、実際に働いている人を見ると、面白そうに仕事をしている人のほうが少なく見えます。なぜそうなってしまうのか。先生は『マーケティング思考の可能性』の中で、その問題にも触れられている。次回はその大事な問題を伺いたいと思います。
(インタビュー・構成=PRESIDENT Online 編集部/写真提供=流通科学大学)