個性を引き出す部下育成法

「39works」は、年に一度、全グループ社員2万7000人を対象に事業コンテストも開催している。若手の応募が多い中、60歳と64歳の社員二人のチームが最終選考まで残ったことがあった。200近い応募の中から5組に絞られ、そのチームは銀賞を獲得。「イノベーションチャレンジに年齢は関係ない」というプレゼンテーションを聞いたときには、本当にそうだと胸が熱くなったという。

そんな笹原さんにも新たなチャレンジが待ち受けていた。2021年6月から、NTTドコモ・ベンチャーズの代表取締社長に就任の辞令が下ったのだ。NTTドコモ・ベンチャーズは、1000社ほどあるNTTの連結子会社とスタートアップとの接点をつくる役割を担う投資会社で、スタートアップへの投資と支援、協業プロジェクトの推進などの事業を展開している。

代表という大任の重圧はあっただろうが、笹原さんは“異動”という思いで淡々と受け止めたという。

「私は皆で『あっちだね!』と同じ方向を見て、一緒に仕事をしていくのが好きなんです。『iモード』の立ち上げのときも、榎さんや真理さんたちが『あっちだよ』とビジネスプランを示してくださり、社内外の人たちと力を合わせて取り組むことですごく良いものができました。今の会社でも、スタートアップの人たちやNTT、ドコモの社員と同じ方向へ向かって、楽しく取り組んでいきたい! そんな私のキャラに合う組織づくりを目指しています。それが、私が抜擢された意味かなとも思うので」

そのためにも、メンバーの話をしっかり聞くことを心がけている。ミーティングに、他部署で初めて会う人や遠慮がちな若手社員がいた場合、「○○さんはどう思いますか?」と意見を求めることで話しやすい空気をつくるほか、slackでDMを送るなど工夫しているが、それは新人時代の上司に鍛えられた経験があるからだ。

笹原さんは新人時代、当時の上司から打合せの度に「あなたは何がしたいのか?」と聞かれたという。上司の口癖は「意見を言わないやつは会議室から出ていけ」。一見怖く聞こえるが、笹原さんはそれを鼓舞と受け取っていた。不安ながらも自分の考えを伝えたときには、上司が嬉しそうに聞いてくれたからだ。

「自分も組織の中の重要な一人なんだと思わせてもらえたことが嬉しかった。だから私も一人ひとりの意見を聞くようにしていますし、各自の個性がうまく引き出されていくのを見たときは、やりがいを感じますね」

2月22日は年に一度の振り返りの日

現在は東京とシリコンバレーにいる20名の部下を率いている。

また、笹原さんはずっと東京と大阪を行き来してきたが、今はリモートワークが主になったことで、大阪の家で仕事をできるようになり、夫との同居もスタートしたという。遠距離結婚でも家庭円満でいられたのは、お互いに自分のできることを無理なくやっていたから。夕食は毎日出社する夫が買い物をして、得意の腕を振るってくれるそうだ。

仕事と家庭を両立するため、自分らしい働き方を模索してきた笹原さん。副業や留学にも挑戦し、とことん落ち込むことも経験したが、「どんなことも視点を変えてみれば、諦めることなく楽しめると思います」。そうした前向きな姿勢の原点は、やはり新人時代に携わった「iモード」開発の現場にあった。

「今も毎年2月22日の『iモード』の誕生日には、チームの人たちと集まっています。皆さんは変わらず元気で楽しいですし、いい意味で緊張感もあって。私にとっては自分の成長を振り返る場になっていますね」

そして、笹原さんの中では次なる夢も芽生えている。いつか「通訳案内士」になりたいそうだ。かつて海外へ留学したとき、友だちに日本の文化を教えることで興味を持ってもらえたことが嬉しかった。だから、いずれは海外から訪れる人たちに日本の魅力を発信できる仕事ができたら……と。人を楽しませたいという、入社当時の熱い思いは今も変わらないようだ。

歌代 幸子(うたしろ・ゆきこ)
ノンフィクションライター

1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。