今、筆者の手元に3枚の興味深いペーパーがある。いずれも2011年11月の日付が打たれている。日米交渉における政府内情報の一部が洩れたものだ。
1枚は、USTR(米国通商代表部)作成の「外国貿易障壁報告書」と「日米経済調和対話」をもとに、外務省北米二課がまとめた「米国の関心事項(牛肉・保険・自動車)」。あとの2枚は、米国自動車政策協議会(AAPC)の対日要求を経産省が簡明に整理した「日本の自動車の非関税障壁に関する米国の主張について」という報告メモである。いずれも米国の対日要求を整理したものだ。
しかし、その文面のどこにも、TPPにおける米側の戦略と真意を把握できた形跡はない。対米交渉の最前線に位置する両省とも情報収集が覚束ないのだ。そのため、外務省内部からは、「いくら外側から推測や憶測を重ねても、結局は交渉に参加して内部に入らなければ何もわからない」との呻き声が漏れてくる。参加のメリットとデメリットを見比べるため、問題の焦点を明瞭に把握したいがゆえの苛立ちだ。
彼らが情報収集に呻吟している理由は、TPPのルールやメリット、デメリットが、実はまだよく見えていないからである。それを知るために交渉に参加すれば当然、諸々の情報は開示される。だが、日本に対する情報開示後に交渉テーブルから離脱すれば米国の逆鱗に触れることが予想されるため、「その時点からの後戻りはできない」(民主党議員)のだ。
理不尽にも現在の日本は、「条件不詳の契約締結」を迫られて右往左往しているのである。
反対派が強調し、官僚も怯える最も象徴的なルールが、専門家に“毒素条項”と呼ばれる「ISD条項」と「ラチェット(爪車)規定」である。
米韓FTAやNAFTAにも盛り込まれた「ISD条項」には、投資家対国家の紛争解決手続きが定められている。企業が交易上で何らかの“規制”を感じ、それによって自社が不利益を生じたと判断すれば、一営利企業が外国政府を提訴できるというものだ。
調停は世界銀行傘下の仲裁委員会で行われるが、仲裁委員会で審理する委員はわずか数名で、しかも非公開である。さらに、その歴代総裁はすべて米国人であるため、裁定はおのずと米国寄りになりがちだ。